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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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ムク・・ヒヨ・・・?ハトだろう
ハトは巣に現(うつつ)は時間待ったなし

6月2日(水)、鳩山由紀夫首相が突然の辞任表明。しかも権力亡者の小沢一郎民主党幹事長と抱合い心中ときたもんだ。思ったより早く且つ意味ある最後であった。このところ、TVであの無表情で抑揚の無い口調の、そして内容が無く一向に胸に響かない宇宙語を聞くたびに気持が落ち込むのを抑えることが出来なかった。だから辞任の号外を見たときには胸のつかえが取れた気分であった。ハト(ヒヨではない)は巣で寝るのが一番。
元々鳩山と小沢は異次元世界で育ってきた筈。大金持ちで秀才で良家のお坊ちゃまとして育った由紀夫は、そもそも苦労知らずで見栄っ張りの遊び人である。その一番の証拠があの幸(みゆき)と言うレディに代表される。一郎は権力と金と陰謀の世界で育ったプリンス妖怪である。この異質の二人が手を携えて最高権力を握った時に、日本国家と言う船が難破するのは目に見えていたような気がする。
昨年夏、深い霧が晴れて一瞬かいま見えた新鮮な緑の草原、喜んで足を踏み入れた途端そこは泥沼であった。皆足を取られて右往左往した。全く戦う集団の態をなしていなかったのは先述したとおりである。しかしまあ時の勢いと言うものもあって、このプロセスは通らなければ納まらなかったのかも知れない。
薄っぺらであったにせよ、あれほど言多く語っていた由紀夫が、辞任後一言も国民に発信しないのは余程自尊心が傷ついたに違いない。自己嫌悪に陥ったのかも知れない。そして一度に権力欲が冷めたのであろう。政治世界から去った方が良い。この人はどこかで教鞭でも取っているほうが似合う人なのだ。
この8ヶ月間の彼の成果は事業仕分けの一部を除いては何も無いに等しい。と言うより普天間問題に象徴されるように事態を益々悪化させただけである。国民を失望させただけであった。国中が振り回され日本の威信は低下した。彼は世の中を知らない理想主義者かも知れない。唯一その存在意義があったのは小沢を道連れにしたことであろう。
事ここに到って国家を憂える政治家は一体今何をなすべきかを再認識したことと思われる。ただ、そうは言っても政治はやはり魑魅魍魎の世界である。再度期待を裏切られない保障は無い。      (Jun.8)


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未分類 | 00:46:46 | Trackback(0) | Comments(2)
上野の森の椿事
何とまあ上野の初夏の椿事かな

何と、まあ、やっちゃったぜ!こんな事もあるのかと本人目を白黒・・・仰天&呆然自失。入選通知
日本水彩画会「第98回日本水彩展」一般公募に「朝の終着駅」(門司港駅)が初入選したのだ。
4月、府中市美術館での東京西支部展で支部奨励賞なる大層なものを受賞してしまったので、あるいは・・・と言うかすかな期待があるには有ったが、それにしてもちょいと出来過ぎではなかろうか。
退職後、テニスに続く趣味に・・・と何となく始めた水彩画であった。絵のお仲間と交流している内に少しづつこの世界が分かって来、全国に膨大な数の「絵描き」が居ることを知り、その頂点の日本水彩画会が100年の歴史を持つ水彩画界の権威である事を知る。上野の森を目指して全国の自称画家達が毎年しのぎを削り精進に之勤めているのである。つい最近までは雲の上の存在であった。しかし、卑しくも水彩画に時間と金とエネルギーを費やす限りに於いては、筆を折るまでに(入選は無理としても)一度は上野公募展にチャレンジしたぞ!とのたまわりたいものだと言う願望は持っていたような気がする。
公募作品は40号と決まっている。去年までにやっと20号を抵抗無く手がけられるようになった。そして西支部展用にと昨年末から40号の大作に初めて手を染めた。最初の一枚が「朝の終着駅」であった。それがあろうことか西支部展で受賞、そして日本水彩画展で入選とは・・・。あれよあれよと言う間の抜擢人事で本人は戸惑うこと甚だしい。やはりこれは出来すぎと言うほかは有るまい!
残念なことに例年の展覧会場である東京都美術館が今年、来年と2年間改修工事のため使えない。代わって上野の森美術館で開催されるが、ここは狭いため全作品の展示は出来ない。会員、会友、一般入選の受賞者のみの展示となりその他の入選作品は図録に載るだけとなった。折角の入選なのに・・・とこれはちょいと残念ではある。
この6年間指導をしてくださった平川先生、何とか良い絵を描かせようと骨身を惜しまず支援して頂いた早坂先輩、何くれと無く面倒を見て頂いたその他の絵描き仲間には心より感謝する次第である。ただ、クマゴローには絵を描くことにはそれ程の才能は無い。『良い絵』を描く実力も養われていない。それは本人が一番良く自覚していることで、謙遜でもなんでもない、本当のことなのだ。だから入選の栄誉を毎年続けられるのか、と言う事は実は大問題なのである。一回こっきりでは何やってるんだということになる。これは大変なことになったぞ、と正直思っている。
入選の感激と喜びに浸っている暇は無い。早坂先輩からは「これは大変なことだ。自信を持って継続することが必要」と言われる始末。「観る人に感動を与えられる」「何時まで見ても見飽きない」絵を描きたいと言う意欲が少しでも有る限りは何とかなるだろう。     (Jun.1)


未分類 | 22:23:39 | Trackback(0) | Comments(2)
朝の楽しみ
朝ぼらけ緑目に沁む散歩道

持病の関節リウマチも次第に回復に向かい、嬉しい限りの今日この頃である。しかし未だ特効薬と鎮痛剤は手放せない。
足腰の衰えを阻止し、筋肉の復元を図るべく今年初めから毎朝ウオーキングを開始した。とは言え朝何か用事がある時や雨の日は休むことにしているため毎日とは行かない。通常コースは緑鬱蒼とした玉川上水沿いを歩き、折り返し点は小平中央公園と決めている。公園の築山頂上でしばし柔軟体操をして、鷹の台駅前のロッテリアでコーヒーを一杯飲み、スポーツ新聞を読んで戻る1時間半程度のコースである。
ラン春になり発見があった。「キンラン」「ギンラン」を玉川上水の土手に発見したことである。結構な量のランを見付けた時には思わず歓声を上げたものだ。ここ多摩地区の雑木林に以前は沢山あったと言われるが、このところなかなか見ることが出来ない。恐らく乱開発と『花好き』の仕業に違いない。
落葉の中、草花の新緑に混じって咲くラン達の可憐な姿は、人の目から隠したいほどの輝きであった。あくる朝又彼らに会えると心躍らせて家を出た。が何と!あれほどあったキン・ギンのラン達が見当たらないではないか!。目を凝らして歩くうちにやっと何本かを目撃出来た。やはり心無い『花好き』の悪行であろう。この花は自分で栽培するのは極めて難しいと言われている。ある特別なバクテリアが関係しているそうだ。しかるに・・・自分勝手な公徳心の無い連中に無性に腹が立ってきた。情け無い民族性だ。
悲しい思いで今朝の散歩を終えた次第であった。
毎朝の散歩でもう一つの楽しみがある。それは歩く途中の家いえの表札を観察することである。表札の良し悪しではなく苗字を眺めることだ。苗字に概ねある傾向を見た。日本の苗字は大雑把に言うと、「大中小」「上下」「前後左右」「東西南北」と言った方向感覚に対し、「火水土金」「山川草木森林」「野原田畑」「花鳥風月」などと言った自然感覚や「村町郷里」などといった地域を組み合わせればかなりの種類の苗字を形成できるような気がする。これは正に豊かな自然の中で生活する日本人の文化で有るに違いない。勿論日本の苗字を解く書物ではこれとは違う角度からの分析をする。所謂、天皇系、神仏系、藤原系・・・などと学者らしい分析が普通である。まあ、それはそれで良しとしよう。いずれにせよ日本の苗字は日本文化そのものの表現と言えるのではなかろうか。こんな事を考えながら散歩するのも又朝の楽しみの一つである。
(May.10)


未分類 | 21:32:02 | Trackback(0) | Comments(0)
仰天、仰天、また仰天!
描くことは終りなき道行く如し

今年の「日水会東京西支部展」が6日から府中市美術館で始まった。講師3名の作品を含め56点の出品である。会場
何と驚いたことにクマゴロー作品が『支部奨励賞』の栄に輝いていたのである。仰天・仰天・又仰天!夢想だにしなかった事態に正直戸惑って、しばし言葉無し!受賞作品は2点の内「朝の終着駅」と題した重要文化財門司港駅の風景であった。
先生からはある程度の評価を受けてはいたが、それにしても出来過ぎである。諸先輩方の作品は贔屓目に見てもこの作品よりはレベルが上であるのに何故?と言う疑問が湧き、申し訳ないという気持になった。
幸運の要素は幾つかある。一つは最近数名の上級者の退会があったこと、支部奨励賞と言うのは原則一度貰えば2度は貰わない内規になっていること、3名の指導員の中でクマゴローが師事する平川先生が有力な推薦者になったと考えられること、等などである。まあ、このところ頑張っているらしいので更に精進せよ、とサボリぎみなクマの尻をたたく意味もあるのではないか、と言う気もする。
初日、日本水彩画会の理事長真壁輝男先生が全員の講評をしてくださった。挨拶の冒頭で「絵を描くことは自分探しの終わりの無い道を行くようなもの」と言われた。何となく分かるような気がする。が、水彩画会重鎮の先生の口から出る言葉はクマレベルで受け取るのとは全く違う深みと重みを持っている筈だ。そう言う意味では未だ本当には理解できない言葉であろう。先生から頂いた講評は、「賞」の手前悪いものではなかったが、通常はけなす言葉は遣わないものだ。ホメ言葉の奥の何かを掴む必要がある。素人絵に対する労わりのようなものを感じた次第である。
それよりも、今まで自分と同等あるいはそれ以下と思っている絵描き仲間達の見る目が変わることの方が重大である。今後出品する展覧会作品への評価が厳しくなること必定。テニスをやり旅を楽しみ自然にひたり、暇を見て筆を取ってきたクマゴローとしては絵一筋に打ち込む気はサラサラ無い。そう考えるとある種の気の重さがある。「まだまだ手の届かない世界」のままで居たほうが余程気楽であったかも知れない。そんな事を知人に愚痴ったら「余計なことを考えず、貰ったものを素直に喜んでいれば良いのでは・・・来年は来年」と言ってくれた。その通りだ。クマゴロー奴、どうも取り越し苦労タイプのようだ。
行きがけの駄賃で6月上野の日水会本展の公募に当作品を出す積りではあるが、結果は神のみぞ知る。 (Apr.9)


未分類 | 14:17:23 | Trackback(0) | Comments(4)
ゲゲゲの世界
妖怪も日なたに出ればチンドン屋

ゲゲゲ
新しいNHK連続テレビ小説が始まった。題名は「ゲゲゲの女房」、漫画家水木しげるとその女房布枝のお話だ。何だか面白そう・・・。先週までの「ウエルかめ」その前の「つばさ」が可愛いヒロインの必死の演技にも関わらず沈没した。視聴率は最低を記録。罪は脚本家にあり。

一方、妖怪の本家霞ヶ関の視聴率は・・・これまた下がりっぱなし。「ウエルかめ」は幾ら下がっても罪は無いが、霞ヶ関はそうは行かない。
ゲゲゲの妖怪世界は人間世界の姿である。但し政治世界の妖怪パワーは一通りではない。文字通り魑魅魍魎の世界である。自民党時代は余りに長きに亘る政権中に、言うに言われぬ醜い且つ強力な妖怪が闇の中に無数に誕生し、うごめきあい、ひしめき合って金と権力、権謀術策の世界を形成してきた。だが作り上げた世界の秩序を自ら支えきれず、遂に自己破産に陥ったのが今回の政権交代であったと言えよう。妖怪世界を何とか人間世界に戻したいと言う国民の意志の表れであったとも言える。そして、新しい政権が進軍ラッパ高らかに登場。進撃を開始したが果たしてその戦果や如何に・・・。
7ヶ月間で「戦果」を問うのもどうかと言う気はするが、今までの動きを見ればその戦闘能力はおおよそ推し量ることは出来る。総司令官の能力、参謀の能力、戦略・戦術、部隊長の能力、戦士の力量・資質、輜重(しちょう)力、前線での戦闘能力、指揮系統、等等は如何であろうか?
冬眠から覚めたクマゴローの眠いまなこでも察知できる。それは戦闘力として全く機能していない軍隊の姿であった。先ず攻撃目標(マニフェスト)がくるくる変わる。指揮官、参謀、前線部隊長が全く連携していない。戦略も見えない。戦闘全体を誰が眺めているのか、指揮命令系統がどうなっているのかさっぱり分からない。これでは兵士はどう戦ってよいのやら。右往左往しいつの間にか味方同士がドンパチを始める始末。これでは闘いにならない。
流石に敵もあきれて苦笑い。茶番である。こんな戦闘部隊では「政治主導」をいくら叫んでも、輜重部隊である官僚組織も容易には従わないであろう。虎視眈々と巻き返しを図るべく、そして補給物資の横流しの機会を窺っているに違いない。ガバナビリティのかけらも見出せないのである。
政治世界はそもそも妖怪世界である。旧政権は本物の魑魅魍魎の世界であった。誰が何処でどう動いているか、だれが何を企んでいるのか・・・巧妙な妖怪秩序の闇の世界であった。その意味で名誉ある『妖怪金メダルリスト』でもあった。新政権も政治家である限り妖怪グループであるに違いない。ただその世界の統治経験が無いため「力量ある妖怪」に成長(?)していないのである。新政権では「我は妖怪何の某なり」と名乗っているから比較的よく見える。親玉も黒幕も容易に特定できる。言わば一般公開された妖怪世界のようなものである。正邪を見極める「目玉おやじ」の目は充血し、良心の戦士である「鬼太郎」の下駄の歯は欠け、髪は抜け落ち惨憺たる有様ではないか。そうなればそれは妖怪オリンピックのメダリストではない。「チンドン屋集団」とでも言った方が当っていよう。そのチンドン屋集団から一人でも二人でも本物の音楽家が誕生して欲しいと思うのは期待のし過ぎか。
いずれにせよ「チンドン屋」では世界の物笑いであり、誰もまともに舞台興行の交渉相手とは思わないであろう。アドリブのプロ集団によるジャズセッションを期待するのは大よそ無理な話しではあろうが、それよりも何よりも、そんな「一座」に生活を委ねている我々国民は惨めなものだ。
ただ、座長だけは何があろうともセレブな生活が保障されているのは、やはり宇宙をさまよう妖怪の面目躍如と言うべきか。
(Mar.30)


未分類 | 10:44:42 | Trackback(0) | Comments(0)
惑う春
春衣今朝も脱ぎつゝ惑いつゝ

3月6日の啓蟄もすでに過ぎた。だが出かかった蟲の頭はこのところの寒さで再び潜ったのではあるまいか。クマ属も本音は穴に籠っていたいのだが世間は騒がしい。立春過ぎれば立て続けに行事が予定されているのである。昨日やっとその内2つが終了した。早春
先ずは2月19日「人物デッサンとクロッキー展」、24日に終了。
クマゴローとしては3年間の成果の出品である。3年前出品した旧作品を出して自室で眺めてみた。拙い!よくもこんなデッサンに臆面も無く知人を呼んだものだと密かに赤面した。が、まあこの3年間で多少なりとも上達はあったと言うことであろう。
次は「水輪会展」、昨日10日無事終了。エレーナ1
クマゴローは 人物、風景、静物、花と取り混ぜて4点出品した。あちこちで描いたものの寄せ集めである。
水輪会の歴史は古い。今年で24回目だから会として発足したのはそのまだ前になる。次男画廊の最古参かも知れないが、それにしては失礼ながら何だかしょぼい(?)サークルと言う気がする。講師の平川先生は2代目の指導者であるが、年に2回の指導日があるだけで、後は会員が自分勝手に描くグループである。このところ画歴の長い2名の男性が入会し、少しはレベルアップしたような気がする。出品作品としては皆で定期的に集まって描いた作品は少なく、夫々の日頃の成果の発表会と言った感じであり、自分としても一つの発表の場として位置づけているが、それはそれで良いのかも知れない。
有難い事に大勢の知人が来展してくれた。テニス、絵、パソコンの仲間、昔の会社のOB、学生時代の友人等々。毎日のように近くの居酒屋へと直行する。「クマゴローさんのお陰で賑やかな展覧会でした」との声も出たが「騒がしい」と言ったほうが当っていたであろう。絵を描く人描かない人、皆夫々の感想を述べる。皆が絵画鑑賞が好きだと言う保障は無い。ただそれでも何かコメントしていただけるのは有難い。当方にとってはホメ言葉よりクレームの方が重要だ。「そんな見方もあったのか」と改めて今後の改善点を認識できるからである。
一体に『良い絵』とはどんな絵を言うのだろう?観る人の感性が違うので一概には言えないが、誰が見ても「良い絵」と言うのがあるのだろうか?分からない。『好きな絵』と言うのはある。これこそ観る人によって様々である。しからば自分は何を、何処を、どんな絵を目指して修行すればよいのだろうか?何時も心に懸っている疑問である。
描く対象をモチーフと言う。「描きたい」と言う気になったモチーフに出会った時は比較的結果が良い。「描きたい」と言う気持ちは一種の「感動」である。自分が感動したモチーフ、これを画用紙上に表現する。そして観る人の心に何らかの「感動」を生ぜしめる、それが出来た時、その絵はその人にとっては「良い絵」ではあるまいか。見た通りを表現する、見た目とは異なるが極めて特徴的な部分を表現する、それは線であり、面であり、色であり・・・表現方法は様々であってよい。その意味では「絵は描き手から観る者へのメッセージである」と言うことが出来よう。
今は何となくそのように考えている。
(Mar.11)



未分類 | 21:47:23 | Trackback(0) | Comments(0)
泣いて馬主を斬る?
キュウキュウと賽の河原を一路行く

キュウキュウは「鳩々」、賽の河原は「石川」、一路は「一郎」であることは論を待たない。自浄と言うことを知らず茨の道を歩く3人である。
昨年秋の政権交代直後はかなりの期待を持ったのは事実であった。族議員を育む政官財の癒着構造や、役人の天下り構造の中で税金を吸い尽くしてきた輩が、今度こそ慌てふためく姿を見られるかと楽しみでもあった。それだけにスタート当初の進軍ラッパは勇ましく聞こえた。溌剌とした与党政治家の顔が頼もしく新鮮に感じられたものだ。
新政権が発足したのが確か昨年9月18日の臨時国会であったと思う。「今ほど政治ニュースが面白いと思ったときは無い」と悠山日記に書いた記憶がある。新閣僚や政務官達の気負った発言や、ちぐはぐな説明にも何処と無く初々しく微笑ましい印象すら持ったものだ。あれからほぼ5ヶ月後の今日この頃、ニュースを見るたびに不愉快になるのはクマゴローだけであろうか?やっぱり政治家とはこんなものかとすっかり色あせた思いである。
鳩山さんもお坊ちゃま育ちの世間知らずと言われても致し方ないが、それはそれで変な言い訳はせずガバッと頭を下げて潔く国民に謝ればよかった。それを「選挙前から判っていたことであって、その上で国民に託された」などと、小ざかしくも鼻白む言い訳をするところでもう重みは無くなったといえる。先ずは石川を切り、危険はあろうが動脈瘤の小沢を切って甦生して初めて磐石な集団になるのではないか。「泣いて馬謖を斬る」いや「馬主を斬る」?。手術に失敗すれば死ぬことになるが、それこそ「国民の信」が命綱になるのではなかろうか。外部も内部もハラハラするほど思い切った変革のなたをふるって、少々の血を流した荒療治をしても国民の信は概ね揺るがないのではあるまいか。尤もそんなリスクを取る気概があればお坊ちゃま育ちなどとは言われないであろうが・・・。
今となっては時既に遅し。脛に傷を持つ身であってはとても出来ない相談であろう。夏の参院選挙に小沢の豪腕が・・・と言うが、「やってくれるワ!」と言われる政策を今ならやれるはずだし、やりさえすれば小沢抜きでも参院選は楽勝だと言う気がするのであるが、如何。一郎が居ようが居まいが勝つときは勝つ。これで5月末約束の普天間移転問題が決着しなければ(決着させる算段があるとはとても思えないが)危ないのではないか?とは言え自民党に盛り返す力があるようにも思えないが。
今のところどんな力がこの国の政治の牽引力になっているのかよく見えない。又じっと固唾を呑んで固まっている反小沢七人衆もやはり我が身が可愛いと見える。何だか皆さん貝になってしまったようだ。去年の溌剌とした気概は何処へ行ってしまったのか?一体この国はどうなるのかと暗い気持になってしまう。
今日はひたすらに「ぼやきのクマゴロー」であったわい!                   (Feb.8)


未分類 | 00:23:17 | Trackback(0) | Comments(0)
可愛い友
シメ・イカル・シジュウ・ゴジュウにヤマ・コガラ

山の小鳥達八ヶ岳山麓。ここは小鳥達の天国だ。
特に多いのがカラ系、その中でもシジュウガラ、ヤマガラ、コガラが多い。カワラヒワ等ヒワ系もそれに劣らない。冬は木の実もほとんど無いため、ひまわりの種を置いておくと朝から大賑わいである。ヒワ、カラに混じってよく来るのがシメ。めったに顔を見せないゴジュウガラやイカルが来るとウオッチャーとしてはかなり興奮するものである。
じっくりと観察すると雄雌の区別が何となく判る。夫々の習性の違いも良く分かってくる。又鳴き声でも判別できる。
カラ系はさっとやってきて、餌をくわえては近くの安全な木に飛び移り、足で枝に押し付けこつこつと音を立てて実をついばむ。食べ終わると又すぐにやって来てその作業を続けるのである。何とも忙しい所作で、5?6羽も居ると見ていて可愛くはあるが実に気忙しい。腹が据わった奴はその場で種を突っつくのも出てくる。又彼らは人を余り恐れないのが特徴だ。特にヤマガラは人が近くに居ても平気で餌をついばみに来る。こいつは昔から「おみくじ引き」の芸を仕込んだ鳥である事を知った。人なつっこさと餌をくわえては飛び去る習性を利用したものであろう。
カワラヒワ
カワラヒワも集団でやってくる。彼らは少々臆病であるが、カラと違って餌場の近くに居座って食べるのである。カラやヒワよりふた回りも大きいのがシメ。こいつは実に用心深く、人の姿が見えると絶対に寄ってこない。餌の近くの小枝に停まってしばらく何食わぬ顔をして辺りを窺っているが、大丈夫と見れば餌場にじっくりと座り込んでもくもくと食べ続けるのである。ずんぐりとした口元に愛嬌があり実に可愛い。
珍しいものにゴジュウガラあり。習性は他のカラと同様であるが容姿と色が少々異なりお洒落なツートンカラーである。単独もしくはつがいで行動するようだ。貴重な映像をブレ無くキャッチ出来た時には思わずにんまりした。さらに嬉しいのはイカル。こいつはシメに似て嘴は橙色でずんぐり大きいが、シメよりも更に大きく実に用心深い。餌場でついばむ姿の写真がブレたのは返す返すも残念であった。
そのほかにもコゲラ、アカゲラなどキツツキ類も良く見かける鳥であるが、餌場には来ず木の幹を駆け回っているのでなかなかキャッチ出来ない。又何時かはカッコウやカケスも撮りたいと思うが、見かけたことはあっても撮影の機会に未だ恵まれない。
時として「にわかバードウオッチャー」に変じる気まぐれなクマゴロー。春になればまたまた大勢の小鳥たちに会えるのが楽しみである。 (Feb.1)


未分類 | 01:44:24 | Trackback(0) | Comments(0)
年頭雑感
御仏の慈悲にすがりて冬木立

現役時代の上司であったT氏より一通のメールが届いた。曰く「毎月1、2回楽しみにしていたブログ悠山日記がこのところ停滞しているが如何お過ごしか?」いや、まさかこのような隠れフアン(?)が居たなどとは・・・予期せぬお言葉に恐縮すると同時に氏の慧眼に敬服。確かに昨年11月23日以降アップしていない。例年ならば年末の締めと年始の挨拶文は欠かさないのだが、このところの乗りの悪さを露呈してしまった。
その言い訳は後述するとして前置きを一席。

一昨年の秋口より左足の母指関節が腫れ、痛みをおぼえる。当初は気にもせずテニスにも支障を感じなかったが、いつの間にか小指関節、右足母指関節と広がるにおよび靴を履くにも苦痛を感ずるようになった。「その内なおるさ」と冬にはスキーに出かけたが、足が腫れていて硬いスキー靴が履けない。無理やり押し込んだが激痛が走る。兎も角その日は痛さを忘れ、変化にとんだ2キロのロングコースや女子国体コースなどたっぷりと楽しんだ。だがそれが限度だった。翌日はあえ無くリタイヤの憂き目に。テニスもほぼその時期には月に1度位のペースになっていたようだ。それも足を引きずりながら。その痛みは尋常ではなかった。朝ベッドから立ち上がれない。その内突然膝に来て階段の昇り降りが出来なくなった。手首や手の親指の関節に来た。痛くて一枚の紙がつまめない。パソコンのマウスも操作出来ない。勿論絵筆を持つのもやっとの有様である。その痛みは日によって強弱あり、さらにあちこち移動するのである。流石強気でのん気者のクマゴローも焦った。「ただ事ならぬ!」と整形外科に駆け込むが一向に埒があかぬ。医者を変えること4人。

ある時知人を介して強い霊能力を持つ不思議な女性に出会った。彼女は森の中の広い敷地に大きな美術館を持っていた。三階あるその建物は彼女の絵と信者からの贈り物で飾られていた。モチーフは花鳥風月、自然で柔らかい色調の水彩画である。何とも穏やかな癒し系の絵を見ているうちに心が和んでくる。彼女はクマゴローをソファに座らせ、自分は膝まづいて両手で痛い足を柔らかく包みこみ長い間揉んだりさすったりして「氣」を送る。膝から下がカッと熱くなり痛みが和らぐ。助かった!と思った。「先生、テニスはどの位で出来ますでしょうか?」「そんな野暮な質問はしないで」「・・・・(無言)」。恐らくそんなに単純な症状では無いと言いたかったのであろう。日を変えて再度訪れた。1時間も2時間も足を揉んでくれた。その間ずっと前世の因縁話をし続ける。それは今まで聞いたことの無い不思議な話であった。TV「オーラの泉」にレギュラー依頼があったが断ったため江原啓之にお鉢が回ったのだとも言う。「霊水」を頂いた。「氣」を込めたハンケチを巻いておくようにとそれも頂いた。診察代金などは一切要求しない。「地獄に仏」とはこのことだと思った。藁をもつかむ精神状態であったことは確かである。兎に角有難かった。
今思うに軽い催眠状態だったのだろうが、あのまま通い続けると霊の世界に入り込んでしまっていたかも知れない。だがしばらく経って「これは危ない!」とハッと正気に返った。沈着冷静なクマゴローの理性が勝ったのだ。病気をきっかけに宗教に入るのはごく一般的である。また、美術館は宗教の入口であるとも言う。クマゴローの一番忌避する世界である。大仏

医者探しが続く。遂に専門医と出会った時には心底嬉しかった。
病名『膠原病・関節リウマチ』・・・だと!更に少しずつ骨が破壊され始めているのがレントゲンで確認された。膝に水が溜まって痛くてかなわぬ。週に一度水抜きに行くと50CCも溜まっているのである。鎮痛剤を毎日飲みながら長期治療が始まった。「氣」が萎えること甚だしい。テニスは言うに及ばず絵を描く気力も文を書く気力も失せてしまった。毎日ゴロゴロ転がっているのが一番楽である。調子の良い日には頑張って映画館に行く。駅のエレベーターの有難味が良く分かった。
特効薬の投薬を始めて2ヶ月程で効果が出始めた。膝の水も溜りが遅くなってきた。昨年10月頃には痛みは残っているものの通常の生活にはほとんど支障を感じないまでに回復してきた。そうなると落ちた筋肉や溜まった脂肪を何とかせねばならないと言う気分になりリハビリを開始。絵を描く気力も出てきた。リハビリ程度のテニスを・・・などと言う横着な気分にもなって来た。我ながら現金なものだと言う気がする。

以上が事の顛末である。昨年末からは春の展覧会に向けて40号の大作2枚の制作に取り掛かった。又来月からはテニスも緩やかに復活する積りである。ただ、足の痛みは完全撤去ではない。多少の痛みは常時感ずるのである。よって薬は止められない。この病は恐らく一生物であろう。これからもずっと上手く付き合って生きて行くような気がする。ただ一時の狂ったような日々を思うと別世界の気分である。それにしても特効薬の無かった時代、この病にかかった人たちの痛さと辛さと絶望感はいかばかりであったか、想像するに余りある。
初詣は鎌倉鶴岡八幡宮と長谷の大仏様にお参りし、今年の「健康」を祈願した。
(Jan.18.2010)


未分類 | 11:43:30 | Trackback(0) | Comments(2)
米料亭八代目儀兵衛
ぶらり旅こだわり拾う古都の秋

母を見舞いに帰省したついでにぶらりと京都に遊んだ。
レンタカーを手配し、先ずは弥勒菩薩のご尊顔を拝しに太秦広隆寺へ。国宝仏像第一号である。世にある仏像の中でどれが好きかと問われれば迷わず広隆寺弥勒菩薩と答えるであろう。仏世界のモナリザと言えば失礼かも知れないが、これほど慈愛に満ちたお顔の仏様は知らぬ。
続いて常寂光寺、祇王寺、落柿舎など嵯峨野一帯の紅葉を散策し東山の宿へ車を走らせる。人と車の多さと都人のエチケット知らずの運転にいささかイラつき、更に宿が見つからず、頭にきて知恩院横の駐車場に車をぶち込んだ。暗くなり腹も減ったので先ずは飯にすることに。ここは祇園だ、何か京都らしい食い物はあるだろう。但し、おばんざいはゴメン蒙る。
pa040800.jpg
雑踏の中八坂神社向いの角をぶらついていると、ウインドウ内に10基余りの土鍋から湯気が立っている奇妙な店に気がついた。何だろうと立ち止まってガラス越しに覗いていると、若い女性が近づきパンフ片手にしきりに話しかけてくる。どうやら店の宣伝をしているらしい。「美味しいお米・・お米マイスター・・お釜をリザーブ・・」何だかさっぱり要領を得ないが兎に角入ってみることに相成った。中は真新しいカウンターに若い男前の板前と店員数名の活気溢れる雰囲気だ。これが10月4日にオープンしたばかりの「米料亭八代目儀兵衛」である。(http://www.hachidaime.co.jp/)
板前の店長が早速店の説明を始める。「最高のお米をブレンド」「お米本来の甘さを出し、最高の銀シャリを」「仕入れは5つ星お米マイスターの兄が社長をしている米問屋八代目儀兵衛から」「水は・・・」「味噌は日本一美味しい△△の白味噌」「器は・・・意匠は・・・」云々。まあそのこだわりは一通りではない。但し聞いていて少しの嫌味や煩わしさを感じないのは、このきびきびした笑顔の綺麗な店長の人柄か。何品かを注文し、ちびちびやりながら米の炊きあがるのを待つこと約20?30分。その間他の客も会話に参加して賑やかに。驚いた事に「最初は湯布院で板前修行しました」と言う。4年程昔、NHK朝の連ドラ「風のハルカ」の舞台になった「湯の岳庵・亀の井別荘」で修行し、更に京都の某高級料亭で技を磨いたとの事。「当時の仲間からも開店祝を貰いました」と入口の胡蝶蘭に案内してくれた。我がクマ家の別荘が湯布院の夢想園近くにあることから話はさらに弾む。

楽しく会話する間に飯が炊きあがった。「如何ですか?」と自信ありげな笑顔が覗き込む。ふっくらツヤツヤ!甘い!美味い!最後のおこげがパリパリしていて実に良い感じ。ちなみに生湯葉の田楽が絶品であった。開店したばかりなのだが結構固定客が付き、地元の顔役も応援してくれているらしい。広報誌にも紹介されたとか。「こだわり」が食の質にも現れていて「おもてなし」に結びついている感じがする。店長に「失礼な言い草ではあるが、このお店は早晩世に出ると思う。東京でお会いできるのを楽しみにしていますよ」と老人の率直な賛辞をのたまわった次第。
店長米職人橋本晃治。今年の古都は紅葉こそイマイチであったが、図らずもこだわりの拾い物をした。次回も又訪れたいと思うぶらり旅であった。                     (Nov.23)


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