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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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季節はめぐり・・・
短くも思い出の夏そこかしこ

20060831001640.jpg猛暑続きであった今年の夏も、そろそろ思い出となる時候になったようだ。
ケンタの散歩も虫の音を聞きながら、汗もかかずに歩けるようになった。ホッとする反面、多少の寂しさも覚える。人間なんて、勝手なものだ。
今思うと梅雨が長かったせいか、本当の夏は僅か一ヶ月。足早に過ぎ去ったような気がしないでもない。
世の中の喧騒をよそに、又食欲の秋が来る。馬鈴薯と玉葱を見れば、カレーと肉じゃがを食いたくなる。 枝豆を見るとビールが飲みたくなる。
そして、テニスが楽しくなる。
20060831001600.jpg
百合の花で埋め尽された広大なゲレンデも、やがては黄色になり、手入れされ、雪が積もる。
ああ、そして又全山白銀に覆われる季節が来るのだ。
一年の経つのが何と早いのであろう。
ついこの間スキーの手入れをしたと思っていたのだが・・・・。

                           (Aug.31)




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未分類 | 00:51:08 | Trackback(0) | Comments(6)
誰を偲ぶか・・・
涼しさも中くらいなりつりしのぶ

20060825002825.jpg
軒先に吊り下げられた「つりしのぶ」。
近くの古いお宅に、毎年夏になると見かける風物詩である。これに風鈴が付けば言うこと無いのだが・・・・・・なんと言うこと、楽しませていただいて注文をつける、この無神経さ!
涼しげな葉がそよそよと風に吹かれ、盛夏の風情と涼感を楽しませてくれる「つりしのぶ」は、まさに日本ならではの情緒である。
だが、今年の猛暑では折角のしのぶチャンの努力も、一向に効果は無さそうだ。
「しのぶ」は、木漏れ日が当たり、湿り気のある樹上や古木・岩肌などに着生している植物で、日本各地に分布している。「つりしのぶ」を作る職人さんは、今や都内では江戸川区に住む深野晃正さんと言う方お一人とのこと。自然破壊が進み、今では材料を入手するのも結構大変らしい。
「つりしのぶ」とは別に「軒しのぶ」と言う名を聞いたことがある。同じものかと調べて見たら、別物だった。樹木に着生しているのは「しのぶ」と同様であるが、葉の形からしてシダ類には見えない。ただ、別名「しだ草」と言うらしいので、やはりシダ類なのかも知れない。
今年も何時までも暑い。
しのぶチャンが早く涼風を運んで来て欲しいものだ。


未分類 | 00:43:23 | Trackback(0) | Comments(2)
焦げた紙芝居
敗戦の記憶を辿る十五夜の月

終戦(敗戦)当時、3歳と11ヶ月であった。
終戦記念の15日の記憶は、幾ら月を眺めても出ては来ない。上の孫・茂喜よりも1歳も小さかったのだから・・・。
昭和20年、終戦間際に北九州は猛烈な空襲に襲われた。
『隣のさっちゃんに手を引かれて、崖下の防空壕に逃げた。壕内は子供の目には、随分と広く感じられ、裸電球が灯っていた。夜、空襲警報が鳴った。裏山(石峰山・300メートル)の頂上から、何筋かの照空灯(サーチライト)が敵機を探しながら動いているのが見えた。こわごわ外を眺めたら、とても綺麗だった。翌朝家に戻ってみると、隣の家は燃えてなくなっていた。燃え移った我家の板壁に、母が深い井戸からツルベで汲み上げ、父がバケツで必死に水を跳ね上げて消していた。 何だか無性に恐かった。』
以上が焼け残った紙芝居のような、戦時中の記憶の全てである。
4歳になる前の幼児の記憶としては、余りにも鮮明すぎると言う感じがする。小さいながらに強烈な恐怖感があったのだろう。恐怖感と言うより、余りにも非日常性・異常性と言った方が当っているかも知れない。恐らく、戦時中の僅かの記憶でも残っている、最後の世代ではなかろうか。
8月9日、この日B29が小倉に原爆を落とすためにやってきた。小倉上空には丁度雲がかかって、地上が見えなかった為、次の目的地長崎に落とした。小倉で原爆の効果を実験できなかった為、その後始末として焼夷弾で焼き尽くしたのかもしれない。
あれから61年、あの時井戸水を汲み上げていた母は、当時僅か30歳。今は唯、限りなく自己の世界にのみ住んでいる母を眺めながら、ある種の感慨を覚えつつ、TVの終戦番組を見ていた。
人が生きるとは不思議なものだと言う気がする。                  (Aug.15.2006)



未分類 | 00:55:35 | Trackback(0) | Comments(5)
誰か教えて!
今日、とあるメル友からこんな花の写真を送って来ました。
メールに「夏草冬蛇」とありましたが、「夏草冬虫(冬虫夏草?)」のもじりであることは間違いありません。
よく見ると本当に蛇のようにも見えます。
何方か此花の名前を教えていただけませんか?
PICT0477B.jpg



未分類 | 00:22:18 | Trackback(0) | Comments(2)
ハチスの嘆き
(北山公園 第二話)
この公園に結構大きなハス畑がある。今は背丈より高い葉っぱが生い茂り、大きなピンクの花が咲いているが、幾つかは散ってハチス(蓮コラ)になっている。
このハチスを絵のモチーフにしたいと、以前から思っていた。
今は未だ緑色をして姿も小さいが、9月にもなると大きくなり枯れてくる。

取り敢えず5本ほど失敬して帰った。
孫が「僕も欲しい」とせがんで握って離さない。

そのあとの孫と爺の会話。

爺『お絵描きするので返して』 孫「僕もお絵描きするから欲しいの」
『じゃあ、分けて頂戴』  「いやだ」・・・(繰り返し)  根負けした孫「じゃぁ、二つあげる」
爺『ありがとう。もう一本』  「いやだ」・・・(繰り返し)
なだめすかし、交換条件を色々提示するも、ガンとして譲らない。
そうこうする内、遂に孫が解決策を見つけた。
何と、一本のハチスを掴むと道路の真中に投げ捨てたのだ。  
爺『あらら、捨てちゃぁだめだよ(拾おうとする)』
孫「拾わないで!」  『何でだ?』
「拾っちゃあダメ!」  『もったいないよ』
孫「このハスは誰のものでもないの。おじいちゃんと僕は二本ずつ。これで同んなじだ」
爺『・・・・・・・・(絶句)』

頑固と言うか意地っ張りと言うか、負けず嫌いと言うか・・・・爺、マイッタ。
それにしても、何と言う解決策であろうか。
(5-1)÷2=二人の満足。  とても教科書には載っていない算式だ!
小さな頭の中では、不思議な世界があるものだ、と驚くやら感心するやら。
おじいちゃん、しばらく考え込んでしまった。


未分類 | 00:51:38 | Trackback(0) | Comments(7)
タニシの嘆き
小さき子にものの道理を教えられ

東村山に住んでいる娘一家の近くに、北山公園と言う菖蒲で名の売れた公園がある。
その公園に、もうすぐ5歳になる孫を連れて遊びに行った。狭い水の流れに、あめんぼう等水辺の小動物が生息している。そこで小さなタニシを見つけ、孫は喜んで持って帰ることにした。
帰り着いた途端、ママに「かわいそう!逃がしてやりなさい」と一括され、孫はおじいちゃんと二人で、後処理の為に再びすごすごと、外に出る羽目になった。

歩きながらの孫とジジの会話。
「どうしようか?」と孫
『すぐそこの水溜りに捨てよう』とジジ
「・・・・このタニシは小さいから子供だね」
『多分そうだね』
「そこの水は北山公園とは繋がってないよ」
ジジ『・・・・・・???』
「このタニシはお家に帰れなくなっちゃうよ」
『タニシは自分で生きられるから大丈夫だよ』
「だめだよ」  『大丈夫!』
「ご飯も自分で食べれるの?」『もちろんさ』
「おやつは?」『おやつも自分で食べられるよ』
「でも、幼稚園には行けないよ」  ジジ『・・・・・』
『おじいちゃんが子供の頃、タニシは幼稚園に行っていなかったけど・・・・なぁ』

何とも締まらない会話になってしまった。
戦後の食糧難時代、ジジにとってタニシは泥を吐かせて、茹でて食べる対象であった。
育った環境は感性をこんなにも変えるものか・・・。
子供の目線に下げることの難しさを、改めて感じた次第である。


未分類 | 00:54:03 | Trackback(0) | Comments(4)
セミよ、頑張れ!
この夏、やはり死に切れないセミも多い。
折角地上に出てきたからには、一日でも生き延びたいのは人情(いや、セミ情)。
曰く、ヨゼミ、カワイゼミ、スンダイゼミ、ワセダゼミ、シンケンゼミ・・・・・・。  頑張れ、セミ達!
20060811074200.jpg



未分類 | 01:18:26 | Trackback(0) | Comments(6)
暁の名月
今朝5時頃、西の空に沈む直前の満月がありました。
デジカメのバカチョンモードでも、こんなに撮れるんだ
と嬉しくなりました。
20060810160606.jpg



未分類 | 16:07:31 | Trackback(0) | Comments(2)

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