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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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冬支度
迫り来る八(ヤツ)の岩肌冬支度

20061128192214.jpg八ヶ岳、独立連峰の中で一番好きな山である。
何年か前、八ヶ岳を描くなら此処だ、と言うポイントを見つけておいた。後日、水彩画の指導本の中に「山の描き方」のサンプルとして、ほぼ同じ場所からの風景画が載っているのを発見した時、見る目は間違っていなかった、と嬉しい気分になったものだ。
この迫力ある峻険な山並みは、雪がなくては絵にならない。幸い今日は晴天だ。よし描くぞと早朝より勇んで出かけた。予想通り連峰は全て見渡せた。
澄み切った空気の中、七・八合目から上は雪が日に照り、岩肌が荒々しくむき出した素晴らしい景色である。一番高い赤岳の威容に圧倒され、魅せられた。
天気は良いが少々風が冷たい。ベンチコートを羽織って、田圃の畦にイーゼルをぶっ立て、約2時間半集中。そこそこに出来たところで終了。後は家で仕上げ加筆をすることにした。
お陰で、少し引きかけた風邪がひどくなってしまったが、そこまでして遠出した価値があったのかどうか・・・・自分でもワカラン。時間と金と健康を引き換えにするほどの腕ではないのに・・・・。
野外スケッチも今年はこれで打ち止めだ。
山麓の村々も冬支度を始めているに違いない。               (Nov.30)

(追)11月も今日で終わり。今年のカレンダーも最後の一枚になってしまいました。
一ヶ月後にはもうスキー場に居るなどと・・・未だピンと来ないのですがねえ。
昨年の「言の葉スケッチ」も最後のページを残すのみとなりました。
最終ページをULしましたので、ご笑覧頂ければ幸いです。


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未分類 | 00:41:48 | Trackback(0) | Comments(4)
富士山噴火津波発生!
富士山が噴火しました!津波にご注意!
20061115204922.jpg

甲州大変、江戸迷惑???

未分類 | 20:52:00 | Trackback(0) | Comments(4)
ゲージュツは爆発だぁ!
裸婦像に芸術の秋見つけたり

20061110233645.jpg国分寺市民サークル「人物デッサンとクロッキーの会」に入会した。
美の原点は人体にありとの説があるので、一度は人物像に挑戦したいと考えていた矢先、たまたま市報でメンバー募集の記事を見つけ、無謀にも早速申込みをしたと言う訳である。会員数20名強。ベテラン揃いでレベルは高く、 流石のクマゴローも気後れする。
今日で2度目の参加だが、初回からいきなり裸婦像に挑戦することになった。(実のところ、着衣の人物を予想していたのだが・・・)
花や花瓶や風景などと違って、何しろ戸惑うばかりでどう描いてよいものやら・・・・今日のデッサンは初回よりは多少慣れてきた気がするが、兎に角疲れること甚だしい。
クロッキー6ポーズ、デッサン1ポーズ。 3時間の集中でガクッと来るのである。えらいところに入ったものだ、と多少後悔の念あり。
これからどの位気力が続くか分からないが、兎に角少しでも皆に近づくべく頑張ってみるしかない。
時あたかも、ゲージュツの秋なのである。             (Nov.10)



未分類 | 00:12:41 | Trackback(0) | Comments(4)
終(つい)の棲家
秋日さす終の棲家か土蔵小屋

20061107015328.jpg(久しぶりのパソコン絵)

柏原は江戸後期の俳人小林一茶の生まれ、亡くなった地である。北国街道に沿ったこの宿は、加賀藩など北国の大名達が参勤交代で宿泊する本陣のある宿場であった。一茶が「これがまあ終の棲家か雪五尺」と詠んだ様に、実に雪深い土地なのだ。
この「終の棲家」と言うのがこの土蔵小屋であったに違いない。文政10年(1827)の大火で柏原宿のほぼ全部が消失した。一茶は僅かに焼け残った土壁・土間の小さな小屋で生活し、4ヵ月後の11月に65歳で無くなった。奇しくもクマゴローと同じ歳。訪れた今日は11月、その偶然の一致に思わず襟を正し、この才気溢れる俳人の晩年の寂しさを偲んだ。
ボランタリーの方々が数名、旧家の説明を買って出たり、周辺を耕して訪れる人々の旅情を満足させて心和んだ。だがその一方、小さな商売小屋を建て、自作の拙い色紙を売る小ずるい爺の顔が、一茶を食い物にしているようで興ざめであった。
昨日は野沢温泉から斑尾高原を抜けた。今日は学生時代に何度かサークル合宿をした、思い出多き野尻湖の紅葉を楽しんだ。そして最後に訪れた街、それがこの柏原であった。

        


未分類 | 02:25:01 | Trackback(0) | Comments(7)
こんなのどーお?
気ままなおじさんのご要望に応えて
こんなのはどうですか?
20061106115852.jpg
(Jazz in Rainbow)

未分類 | 12:01:11 | Trackback(0) | Comments(7)
遥かなる記憶
秋深し此処はスキーの発祥地

20061104234901.jpg紅葉真っ盛りとはこのことだ。見事なまでに色づいた山々の間道を抜けると、広大なゲレンデ群が一望される。
実は此処は、クマゴロー二十歳の時に訪れ、生まれて初めてスキーなるものを履き、金輪際スキーなんてやるものか、と心に誓った場所なのである。
「野沢温泉スキー場」、オーストリアのスキー指導者ハンネス・シュナイダーが、日本でアルペンスキーを普及させた由緒あるスキー場でもある。
シュナイダーゲレンデと言う名の、見るからに恐ろしげな上級者コースが正面を威圧している。

45年前、大学の一般教養の体育でスキーを選択し、一週間の練習の後テストを受け、辛うじて「可」をもらった(と言うことは、合宿に参加しただけでやっと赤点をまぬかれたと言う意味)。
思い出深いゲレンデの記憶を手探りで辿りながら、遠い昔の感慨にふけった。今眺めるに、どうしてあんな初心者コースが滑れなかったのか、と不思議でしょうがない。
温泉の素晴らしさは、昔と何も変わっては居なかったのが嬉しかった。同行の絵画グループと、茸料理を肴に酌み交わす酒も、また格別な味であった。

(追記)悠山言の葉スケッチ?(平成17年)に昨年11月のスケッチをUL致しました。
お暇と時間のある方は、ご一読頂けると幸甚に存じます。



未分類 | 00:02:40 | Trackback(0) | Comments(6)

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