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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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摩訶般若波羅蜜多心経
観音に首(こうべ)を垂れて年は往き

20061230204320.jpgはるばる谷川を超え、榛名山を抜けた粉雪が舞い散る高崎の観音山公園にたどり着いたのは、夕方5時であった。既に日は落ち、白衣の観音様は真っ暗な夜空に白いイルミネーションを受け、そのお姿を浮かばせていた。
全ての罪をお許しになるのか、厳しい叱責を投げかけられるのか、それともしっかりせよと励まされているのか・・・・小さき人間としてはその圧倒的なお姿に、ただ黙って頭を下げる事しか出来ない。

今年も楽しく忙しく、そして辛いこと悲しいこと、苦しいことの多い年であった。
来年はどんな年になるのであろう。
与えられた運命に逆らわずに、ただただ己の信ずるところ行くしかあるまい。
そんな事を考えながら、高崎、前橋、渋川辺りの一面の夜景に見とれつつ、寒風吹きすさぶ高崎観音山公園を後にした。
(Dec.29)



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未分類 | 20:52:21 | Trackback(0) | Comments(5)
サムライの死
硫黄島硝煙未だ消え残り

324563view001.jpg「硫黄島よりの手紙」、残像が心に重い。
ワーナーブラザーズ製作、クリント・イーストウッド監督映画で有りながら、全くの日本からの視点で描ききっているのにびっくり。
守備隊長栗林中将は、屹然とした軍人と言うよりは、どこか弱き人を思いやるご隠居さんのようでもあり、梃でも動かない岩の様でもあり、優秀な戦略家のようでもある。
敢えて戦国武将に例えるならば、大友宗麟配下の名将「高橋紹雲(鎮種)」を彷彿とさせる。
ボストンで駐米武官をしていた栗林は陸軍には珍しく親米派であった。戦後米国軍事関係者では、太平洋戦争に於ける日本軍人で優秀な指揮官は、と問われると「ジェネラル・クリバヤシ」と彼の名を上げる人が多いそうだ。
映画で印象的だったのは、夜一人になると子息宛てに手紙を書き、それに盛んに鉛筆デッサンをほどこしていたシーンである。絶望的な攻撃を受けつつある地下壕の司令室にあっても、その姿勢は変わらなかった。駐米武官当時の印象を描くシーンが多かったが・・・。出身地松代の豊かな自然に育まれた感性がそうさせたのか、興味深いことである。
守備隊最後の総突撃では残存兵200名の先頭に立ち、戦国武将よろしく軍刀をかざして「我は常に諸君の先頭にあり!」と叫んで突撃する。この辺りはアメリカ人のサムライ姿への思い入れか。
階級章を外していたため、未だに栗林の遺体は不明と言う。正に真の武人と言うべきか。
手紙は残った。だがこの名将と2万人以上の兵士の死も、祖国の民の苦しみは救いようがなかったのである。    (Dec.18)



未分類 | 21:09:04 | Trackback(0) | Comments(6)
のだめ・・・チカレタ?ビレ
今更に人の体に取り憑かれ

20061214182318.jpg実を言うと、このところ女性の裸に凝りに凝っている。
骨の付き方、筋肉の付き方、各部位の長さ、全体のバランス、丸みの出し方・・・・・朝から晩まで頭から離れない。この歳になってこれは尋常ではない。
人間の体はウソが描けない。風景ならば生えていない木を描き込む事が許される。山を一つ削るくらいおちゃのこさいさいだ。点描など幾らでも操作できる。だが、人体はそうは行かないのだ。足よりも手を長くすれば、これはサルだ。
建物にも同じことが言える。下手すると柱の長さの違う、今にも倒れそうな家を描くこと度々だ。
一度デッサンした裸婦が、どこか人体として変だぞ言う気がしたら、気になって仕方が無い。
このデッサンは、7分間のいい加減なクロッキーを基に、大きく引き伸ばして描きなおした物であるが、ひと先ず人体らしくなるのに、3日もかかった。
「何かがおかしい」と何時も頭の片隅にしこりが残っている。あの部分の角度が変だ・・・あそこは自分の願望で描いてないか・・・重要な骨が抜けている感じがするぞ・・・いやはやきりがない、ツカレタ?ビレ
それもこれも、10月に入会したばかりの「人物デッサンとクロッキーの会」の定例グループ展が2月に開催され、メンバーは出展が義務付けられてる、と言う事が元凶なのだ。開催までに、描くチャンスは後3回しかない。何年もやっているベテランに混じって、あまり恥ずかしいものを並べられてもなあ・・・とついあせってしまう。 
自ら蒔いた種だが、お陰様で忙しい年末が更に心せわしいものになってしまったと言う訳だ。          (Dec.14)





未分類 | 18:56:40 | Trackback(0) | Comments(6)
我、奮闘せり
銀杏に腰を痛めて手は荒れて

ginnan.jpg
銀杏は言わずと知れたイチョウの実。そろそろ最後の落実の時期が来た。
ここ都立野川公園のイチョウは紅葉が例年より二週間ほど遅めである。独特の臭いに気づき見上げると、青空を背景に熟した銀杏が黄色いサクランボかブドウの房のようにびっしりと付いているのを発見。足元には黄色い絨毯の間に一杯転がっている。思わず歓声!
銀杏は大の好物。これを拾わない手は無いと幾つか拾ったが、一旦拾い出したら夢中になって止まらなくなった。この飽食の時代だと言うに・・・・・食い気とは浅ましさを露呈してしまうものだ。
蓋し、自然の食い物を自らの手で集めて食料にする、この行為は動物のごく自然な行動ではある。我も動物なり、クマゴローの冬眠には欠かせないぞ、と奮闘せり。
たまたまビニール袋しか持ち合わせがなかったので、乱暴にも素手で実をつぶし、中の種だけを袋に詰める。だがその内手がひりひりとしてきた。しゃがみこんだ腰も痛くなった。
相当拾い集めた頃、これが限度と近くのトイレの水道で洗うことにした。いや?辟易したのはその強烈な臭いである。幾ら洗っても手から抜けないのだ。
しかしまあ、これが浅ましさの見返りなのだから仕方がない。
帰りの車の中、臭いが充満し中毒状態。おまけに、手のひらががさがさに荒れてしまった。
やっぱり欲の代償は小さくは無かった。      (Dec.6)


未分類 | 00:44:22 | Trackback(0) | Comments(4)

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