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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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8人目もダメ・・・だった
美しき国も無残に荒れ果てて

やはり長州8人目もダメが続いたようである。
4月13日のスケッチ「今、何故?」に『今我々一般国民に出来ることは何か?取り敢えずは次期参院選挙で与党に「ノー!」と言うことだ』と書いた。それから3ヶ月半後の結果は与党の歴史的大敗。
国民はまさしく「ノー!」の審判を下した。
選挙前に年金問題と言う超大型爆弾が炸裂し、さらに場と時を全く読めないお粗末な閣僚達が続く。安倍晋三にとっては不運が重なった感はあるが、結局は一国総理大臣のガバナビリティ不足に集約される事態である。それでもTVでは「美しき国作り」のキャッチを虚ろな目で唱え続け、続投を宣言した。その甲高い声を聞く度に白けた気分になるのは、クマゴロー一人ではあるまい。
一体「美しき国」とは何?何十兆円も有ったはずの年金を出鱈目に食い荒らした政治家と役人、いつの間にかその貯金がなくなり、貰うべき年金が貰えない何千万人もの国民。それを知りながら表面化するのを避けようとした安倍首相が、何十篇「美しき国」を唱えようと国民には空しく響き、怒りが納まらないのは当然である。多くの法案審議を数で押し切る。低レベルの閣僚人事。増税ではないと言いながらの大幅増税・・・国民を舐めきっているとしか言いようがない。何度言われようと、その延長線上に「美しき国」の姿が見えて来ない。沢山で無くとも良い。具体的で明確な目標を掲げ、それに向かって国民のベクトルを合わせてもらいたいと思う。
先週訪れた萩の、それこそ美しき菊ケ浜と吉田松陰の炎のような姿を思い浮かべながら、今日の参院選結果を万感の思いで眺めた。

(追伸)
赤城徳彦農水相のHPの冒頭にこう書いてあった。
私の座右の銘「政治家は一本のろうそくたれ」
政治家は自分の身を燃やし、身を削りながら世のすみずみまでを照らし出し、
よりよき社会を造るべく働くものである。

噴飯ものである。云う事とやる事がこうも違うと、これはもう悪い冗談を超越している。 
             (Jul.29)


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未分類 | 10:35:09 | Trackback(0) | Comments(0)
長州路
短くも怒涛の如き志を想い
     松の陰より指月山
(しづきやま)ながむ

20070720173948.jpg久しぶりで山口県萩市に遊んだ。
台風の最中菊ケ浜から萩城の後背に立つ指月山(しづきやま)を眺めながら、幾多の幕末の志士達に思いを巡らせた。そして、博物館で膨大な文物に触れ、改めて吉田松陰の偉大さを想った。
民宿の食堂でご一緒した元山口県警の署長(?)さんが「山口出身の総理大臣の全てが、松陰先生に何らかの繋りがあります」と得意そうに聞かせてくれた。
本当かどうかは定かではないが、幕末に命を落とした者も含め、かくも大勢の志士達に影響を与えた松陰と言う人物は、とてつもない人に違いない。安政の大獄、齢僅か29歳の若さであった。
総理大臣を挙げてみると、何と8名も居る。伊藤博文・山県有朋・桂太郎・寺内正毅・田中義一・岸信介・佐藤栄作・安倍晋三。
この際誤解を恐れずに書くと、見事にダメが続く。初代総理大臣伊藤博文は別として
例えば、山県有朋、国民のみならず皇室にも評判が悪かった。山城屋事件で危うく江藤新平の縛につくところ、山城屋の切腹自殺でもみ消し。まあ、日本の汚職官僚の総本山と言っても良い。
桂太郎、日露戦争を勝利に導いた総理大臣であるにも関わらず、国葬をもって送られることはなかった。田中義一、昭和天皇にも叱責され、内閣総辞職を余儀なくされ命を縮めた。
岸信介、A級戦犯でありながら運良く処刑をまぬかれ、安保で国論を二分する。弟佐藤栄作、造船疑獄で危うく政治生命を絶たれるところ、政治決着で命拾い。
岸の孫安倍晋三、果たして如何なる歴史的評価を受けるのか・・・今後のお楽しみである。
それは兎も角、松下村塾の双璧、高杉晋作・久坂玄瑞等が生きておれば、かくもダメ評価を受けることは無かったに違いない、とはクマゴローの独断と偏見である。             (Jul.16)



未分類 | 18:08:28 | Trackback(0) | Comments(0)
光と影
世の中は影ありてこその光なり

「明と暗」「光と影」「光と闇」「陽と陰」「表と裏」「善と悪」「白と黒」「富と貧」「強と弱」、いずれも対義語(反対語)である。方や良しとされ、此方悪しと思われるのが世の通常の感覚で、クマゴローも敢えてそれに異議を唱える者ではない。何故ならばそれが全く無難な善悪論であるから・・・・。

YGAYA(Jul.8.2007).jpgただ、明にしろ光にしろそのうしろに暗や影があって初めて出現し得るものである。光自体は自らを表現しない。光を表現するには如何に影を表現するかに尽きるのである。陰影の強弱や向きが光の強さや方向、質感・材質、その物の形全体や置かれた状況全を物語る。これらは全部影の成せる技である。デッサンをやると、この意味が実に良く理解できて面白い。
物体に線はない、あるのは面のみと言ったか言わぬか、「光と影の画家」レンブランドの影の使い方が素晴らしいのは周知の事実。ペンシル画家木下晋の「生の深い淵から」を、知人から借りてめくったとき寒気を覚えた。人の歩んできた道、心の内、色までも感じる迫力に圧倒された。
世の中光の当たっている人は大勢居るが、後ろに影になる人が必ず居るものである。早い話、相撲の白星は同じ数の黒星がある。富者や強者が大きな顔を出来るのは、その裏に貧にあえぐ弱者が居るからである。
お蔭さまで・・・」と相手に謝意と敬意を表すのが、麗しき日本の文化である事は言を待たない。
影・暗・陰・裏・闇・・・の存在に感謝の気持を持たなくなると、人は傲慢になるものであろう。金権亡者とはその「影(陰)」の存在を忘れた者のことを言う言葉だと言う気がする。            (Jul.9)


未分類 | 13:20:15 | Trackback(0) | Comments(0)
国家の貧格
久間キュウしたその後は
しょうがないから誰にしょう
ああ行けコーイケ考えて
国防相は女でも
しょうがないなと決めちゃった

原爆投下もしょうがない
アメリカ言うからしょうがない
「産む機械」もしょうがない
「ナントカ還元水」もしょうがない
論功行賞もしょうがない

征夷大将軍は女でも
参院戦えないからしょうがない
九州弁だからしょうがない
そんな方言聞いたことない
選挙負けてもしょうがない

刺客は自民のお家芸
国の守りは「くの一」で
参院選のあべマリア
選挙敗れたその後は
年金あるからしんぱいない
         (Jul.3)


未分類 | 10:48:43 | Trackback(0) | Comments(4)
別の顔
パソコンの中に生きるは別の顔

先日インターネット記事を見ていたら「メール人格」と言う見出しが目に付いた。
記事の一部にこうあった。
相手の表情などを読み、コミュニケーションの取り方がリアルタイムに変化する会話などと違い、メールというのは相手と直接向き合わないコミュニケーションです。さらに、書いたことを一発送信できてしまうため、負荷が少ない。なので、キャラや感情が露骨に反映されやすい。これが過剰に表れると、リアル人格とのギャップが大きい『メール人格』になると思います
なるほどそう言えばメール文から普段とは全く違った印象を受け、愕然とする経験は多少なりともある。ひょっとしたら、かく言うクマゴローもメール人格なるものを持っていないとは言い切れない、と改めて自分の姿を眺め直したものだ。
20070702075253.jpgスティーブンソンの小説「ジキル博士とハイド氏」は二重人格者を、シドニィ・シェルダン原作「真夜中は別の顔」は男と女の陰謀の世界を描いたものであったが、「メール人格」と言うのは二重人格ではない。どちらかと言えば「真夜中・・・」に近い。そう言えばパソコンにへばりつくのは大抵真夜中だ。
まあ、「別の顔」までは行かないにしても、メール文やそのやり取りの仕方を通して、その人の持つ性格、癖、人格・・・などを理解出来る。普段余り会話することが少ない人の性格を、パソコンメールでしっかり確認することは良くあることだ。その時、ああこんな面も有ったのだと、意外な発見することも又良くあることだ。
人は色んな側面を持っている。会った時の印象、一緒に何かをする時、他人を交えた時・・・その都度別の顔を見るのは当たり前の事。ただ、その反応まで計算して会話とメールを操作できる人は・・・そう言う人はかなり利口か又は相当な知能犯と言えるかも知れない。 


未分類 | 10:50:27 | Trackback(0) | Comments(4)

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