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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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トンボのめがね
せせらぎにアカトンボ立つ澪標(みおつくし)

20070927224715.jpgこれは水彩画家平川進一氏の挿絵である。
(http://www2.odn.ne.jp/~cfv46050/)
氏は我が師でもある。
アトリエで残暑見舞いに描いておられたものを、厚かましく頂いてきたのであった。一枚2分程度のスピードで仕上げておられた。
水辺の草の突先に残らずアカトンボがとまる。トンボはどうも何かの先端がお好きなようで、可愛い澪標(みおつくし)のようだ。
トンボの両眼は、それぞれ3万個の個眼と呼ばれる六辺形の面からなる複眼を持つ。それは昆虫の中でも最大で、ほぼ360度の視界を持っている。それにしてもそっと手を近づけ、素早く捕ることが出来るのは何故か?澪標になっている時は、半分眼を閉じて眠っているとしか思えない??
話は変わって、米IBMにワトソン研究所と言う基礎研究所がある。そこには物理学者は勿論、生物学者、文学者、哲学者、社会学者、医学者・・・あらゆる分野の研究者が居ると言う。何故だか良く分からなかったが、ある時こんな話を聞いたことがある。IC基盤の製造過程で配線回路図を大量に焼き付けるのにトンボの複眼の原理を応用したと言う話であった。即ち、トンボの目玉の逆に光を当てると、同じ図が一瞬にして3万個できると言う訳だ。ナルホド!と唸ったものだ。
考えてみるとコンピュータと言うのは限りなく人間に近づく、いや時として追い越してゆくものではある。よって、人間社会と同じ種類の研究者が居ても不思議ではない。それにしても基礎研とは言え、研究の底辺にかける投資力の凄さは流石超一流の企業である。    (Sep.26)



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未分類 | 01:09:18 | Trackback(0) | Comments(0)
天高く
天高く白雲流れ時は過ぎ

20070926005257.jpgあくまでも澄み切った青空を、悠々と白雲が流れてゆく。木々の梢を遥か上から見下ろして、さぞ気持が良いことだろう。
23日はクマゴロー66回目の誕生日であった。
果たしてその名「利生」の如く「他人の喜びはわが喜び」とする生き方が出来ているかどうか・・・?
間違っても「他人の不幸は我が喜び」にだけはしたくない。
この日は不幸な安倍辞任後の自民党総裁選であった。候補者の政見を聞く間もなく、麻生派を除く全派閥が福田指示に回るという手際良さ。
派閥均衡と言う古い体質が復活し、91代目の総理となった福田康夫、91(クイ)を残さぬ後始末が出来るか。日本の政治はまだまだ、天晴朗なれど波高し、なのだ。

今この紺碧の空を日本の月探査機「かぐや」が目標に向かって飛んでおり、道半ばとか。「未来の資源庫」への関心ゆえか、世界的に月探査ブームだという。「かぐや」も表面の様子や環境を調べて月の起源に迫り、利用価値を探るのが目的らしい。美しい地球をあばた面にし、シミだらけにし、肌荒れにし、更に水攻めにしてきた地球人が、今度はかぐや姫の世界を荒らしまわるのか?
機会あって天体望遠鏡を覗いた。20ミリレンズではクレーターもはっきり見える。5ミリレンズに変えると部分が目一杯拡大され、クレーターの中まで確認でき迫力満点だ。此処まで拡大すると地球の自転で15秒位でレンズを横切るから、追って行くのに忙しい。北極星で位置決めし、自動追跡をやると良いらしいのだが・・・。
今の月の表面は肌艶が良いが、その内ここに無数の穴があき、ボタ山が確認される日が来るのかも知れない。古来より人間の感性の芸術的発露に月は欠かせなかった。イスラム世界では月は神である。膨大な資金を使って月の世界まで荒らすとなると、地上は益々荒れるような気がする。    (Sep.25)


未分類 | 01:11:28 | Trackback(0) | Comments(2)
ああ・・・シンちゃん
爺様の影を慕いてその余り
       重きに過ぎた美しき国


小倉駅より乗った新幹線のぞみ号。ビールで喉を潤し、駅弁の名物「かしわ飯弁当」をパクつき、心地よい揺れにしばしまどろんだ。ふと目を覚まし、此処はどこならむと何気なく車内の電光ニュースを眺めた。目に飛び込んだ文字に仰天。『安倍首相辞意表明』に思わず「なぬ!・・・(絶句)」。
東京駅で早速「夕刊ゲンダイ」を買い求め、中央線で読み、家でテレビに目を凝らした次第。
『前代未聞』『職場放棄』『敵前逃亡』・・・・等々、あらゆる驚きと困惑と非難の言葉がTV、新聞上に並んでいた。オーストラリアでの記者会見以降の安倍普三の、焦点が定まらず宙に浮いた目線が気になっていたが、クマゴローも最早言を尽す必要無し。記者質問に「職を賭してテロ特措法に全力を尽くす」と答弁した時、「おや、国と国民を道ずれに自爆テロか?」と思ったが、そこまでの勇気は無かったらしく、自殺に終ってしまった。  「シンちゃん、一体どうしたの?」
多くが指摘するように、参院選惨敗後「全ては総理の責任」と内閣総辞職をするのが一番の引き際であり、捲土従来を期す唯一のチャンスであったろう。その意味では矢張り読みが甘すぎる首相であった事は間違いない。
海外の評も辛辣だ。曰く「ひ弱な政権」「へまと素人的振舞い」「武士道ではない、臆病者」・・・誠に目に余り、聞くに堪えない。ただ、気力、精神力、情熱全てを無くしたシンちゃんとしては、最後の勇気を振り絞ったのかも知れない。「職を賭して」と言った後しばらく時間が空いたが、その時頭をよぎった推測できる思惑と狙いはこうだ。
?テロ特措法は自分のリーダーシップの下では、国会会期内で可決の見通しは無い。その場合インド洋上の給油支援に空白が出来る。これは日本国として国際信用を失う。どうせ空白が出来るならば自分一人腹を切って、「安倍の為に給油できなかった」とした方が、アメリカには言い訳が立つ。これが日本を救う道である。
?既に民意は自分には無い。党内の求心力も無く、どちらかと言えば蚊帳の外。この状態で解散総選挙をやれば、衆院選でも惨敗間違いない。これでは爺サマに申し訳が立たぬ。
壊れかかった自民党を一つのベクトルに乗せるには、危機感を共有させる必要がある。その手段として最も効果的なのは、誰もが予測しない最悪の時期に、最大限の混乱を演出することである。これで自民党も一本化するであろう。そして総選挙にも「激励と期待票」が集まるであろう。気力の失せたシンちゃんではあるが、お国に殉じる最後の捨て身の御奉公だ。(クマゴロー評)

果たしてシンちゃんの思惑通り行くかどうか・・・。毒気を抜かれた感のある民社党が、その存在感を一層強められるのか。自殺ではなく民社党との無理心中ではなかったのか・・・?分からぬ。
初代総理伊藤博文以来8人目の山口県出身の総理大臣であったが、長州出の首相ももしかしてこれで終止符を打つかも知れぬ。
地下の吉田松陰先生は今の事態をどう見ていることであろう。              (Sep.12)


未分類 | 00:00:52 | Trackback(0) | Comments(2)
巨大な綿飴
綿飴の如く山霧湧き立ちぬ 

20070906101051.jpg深山将重畳(しんざんまさにちょうじょうす)
眺望奥多摩(おくたまをちょうぼうするに)
雲何処湧出(くもいずこよりかわきいづ)
恰見如墨絵(あたかもすみえをみるがごとし)

一見漢詩風にして さにあらず。漢詩のルールなどには全く無知なクマゴロー。唯単に漢字を羅列したのみ。漢字は良い。並べただけで、何を言いたいのか大よそ分かりそうな気がするから・・・。筆談には最適な表意文字である。
今日は土砂降りの中、青梅街道を奥多摩湖まで一っ走りした。下界は激しい雨であったが、此処は雲の上。小河内ダム堤防からの景色は、全くの自然林の山々が幾重にも連なり、観る者を圧倒する。その雄大さに浸っていると、ふと気がついた。深く重なり合った森林の此処かしこから黙々と霧が湧き出で、合流し、雲になって立ち昇るではないか!
何かに似ている、遠い昔の記憶にある何かに・・・。そうだ!綿飴(綿菓子)だ。割箸であの霧をクルクルとすくって集めると、巨大な綿飴ができる! 子グマの頃、縁日になると屋台の綿飴を一番に買った思い出がある。フワッとした綿を舐めながら、何時までも飽きずに霧が雲になるのを眺めたものだ。ほんの少しのザラメが綿になる・・・子供心に不思議だった。
奥多摩の山々は巨大な綿飴製造機。絵心よりも食い気が先行した今日一日であった。    (Sep.5)

(注)合成写真の修正にあたりましては、hanakoさんの多大なるご助力を頂きました事を付記し、心より感謝申し上げます。




未分類 | 00:56:50 | Trackback(0) | Comments(4)
美味いものはグロテスク
いずれ前後ろも知らぬ海鼠かな

20070902235445.jpg8月30日の朝日新聞「天声人語」にこんな記述があった。「足が4本のものは机以外、飛ぶものは飛行機以外なんでも食べる。そんな冗談もある中国でいま、日本産のナマコが大人気らしい」。さすれば「足のない物は幽霊以外なんでも食べる中国人」とでも言うことになろうか。
ナマコ(海鼠)にとっては災難この上もない話である。江戸時代より乾し海鼠は、中国向けに盛んに輸出されていた。そして今、中国の富裕層では日本産乾燥海鼠は、最高級品として珍重されているそうだ。特に、北海道産、陸奥湾産の物が良いらしい。
日本でも古事記の時代からナマコは食されたとある。江戸時代「カラスミ」「ウニ」と並んでナマコの腸などの内蔵「コノワタ」は、天下の三大珍味のひとつとされてきた。内蔵を取り出した本体を乾燥したのが乾し海鼠である。
本人(本ナマ?)としては、これほどグロテスクに姿を変えればよもや食われることもあるまい、と考えたに違いない。ところが、勇気ある人間にかかればこれが珍味となるのであるから、ナマコの気持は察するに余りある。中国の人口で食い尽くされてはイナゴの大群に襲われたも同然。一体ナマコの存在が自然界においてどのような効用があるのか知る由も無いが、マグロに続いてナマコの漁獲制限なんて事になるのであろうか。
天声人語の最後に「旬は冬。『きわめて冷潔、淡美。肴品中の最も佳(よ)いもの』と江戸の『本朝食鑑』も讃(たた)える。少しナマコを見直して、食わず嫌いを改めるもよし」と締めくくられていた。中国に負けずに、日本でも大いに食うべし、と言った論調にいささか抵抗を感じた次第。
かく言うクマゴローも実はナマコが好物である。東京では余り食する事は無いが、九州のスーパーには必ず並んでいる。これからの季節、酒の肴に生の酢牡蠣かナマコが最高・・・楽しみ。
                      (Aug.30)




未分類 | 00:07:17 | Trackback(0) | Comments(6)

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