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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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動かざること山の如し
遠きに在りて動かざること山の如し

冬八ヶ岳八ヶ岳は良い。クマゴローの一番お気に入りの山だ。
但し「八ヶ岳」と言う名の山は無い。
長野県の諏訪地域と佐久地域および山梨県清里地域の境にある山塊の総称である。主峰の赤岳をはじめ、横岳・硫黄岳・阿弥陀岳等大小さまざまな鋭い峰々が織り成す連峰は、四季の何れをとっても堂々としていて安定感があり、この上なく美しい。この美しさに魅せられて二年前から何度となく筆を取った。しかし、一度としてその美しさと魅力を描き取れたことは無い。描くたびに己の未熟さを痛感する事しきりである。
ヤツに負けている。そして今年も又次を期する年となってしまった。

我が人生に於ける主峰、そして決して捉えることの出来ない永遠の連峰、それは我が師、当代希なる武道家・武道思想家川元規久宗師範である。二十代から三十代にかけての若き日々、たまたまの出会いで空手道を師事出来た数年間は、今までの人生において珠玉のような経験であった。武道から遠ざかった今においても、未だに修行の道を照らして頂いている。「正伝まろばし(転)空手道」の期刊誌「空手びと」を何十年にも亘って謹呈頂いており、有難いことである。又、一年に何度か戴く葉書に書かれた一言一句に、襟を正すこと絶えずである。
宗師範ご自身心の師と呼ぶ連峰をお持ちである。「心眼」を極めるに至った導師が一人ではなく居られる。弓・槍・剣・茶・相撲・仏道・・・勿論空手道、あらゆる道で「心眼」の道に続く主峰を持っておられる。そして今年8月、ご自身の修行を通して到達し得た道を「心眼の道」と言う著書に纏められた。
正に珠玉の一冊であり、ワンフレイズ読む毎に心の引き締まる思いがする。
日頃の生活で心にずれや歪みを感じた時、著書の一節を読み返すことで新たなエネルギーを戴き、矯正にこれ勤めるこの頃である。宗師範ご自身、本の冒頭で「終わりの無い修行」「生涯修行」と言っておられるので、「到達」と言う言葉は当てはまらない。歩き続ける努力を怠らないこと、これ即ち「心眼の道」を極める姿であろう。

心眼の道眼前に聳える八ヶ岳連山、四季にその容姿を変え挑発的な装いで迫ってくる。何年かかるかは分からないが、何時かはこの山の姿を心の眼で捉えたい。所詮趣味の絵で「画家」の才能などあろうはずも無いクマゴローにとっては、一生かかってもその麓辺りをうろちょろしているかも知れない。唯そう言う目標が動かず、逃げず、見捨てず、遥か彼方にデンと座っていてくれるだけでも救いである。これからも出来る限りヤツへ続く道を究めたいものである。
明日から又来年が始まる。
「心眼の道」、以って心の糧・澪標(みおつくし)としたい。

平成十九年 大晦日




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未分類 | 17:50:06 | Trackback(0) | Comments(2)
君の心は何処に・・・?
心ここにあらず国民不在なり

天声人語によると福田内閣発足当時、書体になぞらえて「楷書の首相」と見えたようだ。人間臭さや迫力に乏しいが、端然としていて真面目な印象を受けたらしい。クマゴローにはそうは見えず、人間性に乏しくいかにもそっけない印象で有ったが・・・。
そして矢張り就任三ヶ月にして天声人語子の期待は裏切られることになった。福田の人を食ったような、もっと言えば人を馬鹿にしたような発言は本物であった。先ずは「宙に浮いた年金5千万件」。
最後の一人まで、一枚まで必ず突き止める、と前首相が参院選で手足を振り上げて公約した。そしてそれが無理だと分かった時「公約違反と言うほど大げさな問題ではない」だと。年金問題そのもので民意は離れ、信頼は大きく揺らぐことになったにも関わらずである。この一言で国民の支持率は暴落した。天声人語子は楷書の点画を省いたと評したが、そんなものではない、嘘字・脱字・当て字を書いたに等しい。
薬害肝炎訴訟。原告の被害者が会見の度に怒りと恨みのこもった涙を流しながら訴える、その姿は見ていて胸に迫るものがある。舛添厚生相も福田首相も口先だけの理解を示して結局は和解案は決裂。表面だけのパフォーマンスで騙されれほど国民は甘くは無いことを思い知るべきである。。シクラメンDec.17.2007
時間がないからと来年度の予算案は概ね問題を先送りし、官僚の手に全てを委ねた。その一方、例の給油新法案には全閣僚一丸となる。目と心は国民の方ではなく、全てアメリカに向いているのは誰が見ても異常であろう。
もうたいがいにして欲しいものだ。民意の琴線と言うか、ヒダを逆なでし、これ程までバカげた政治を続けていると本当に日本は崩壊してしまいそう。「楷書」と言うものは、一点・一画を疎かにしないで書くものだ。その丁寧さの無い政治は国を滅ぼす。
無力なクマゴローは相変わらず下手な絵を描いている。シクラメンの葉っぱの微妙な模様を疎かにしてはしょったら、矢張り何かおかしな花になった。
(Dec.21)



未分類 | 01:48:03 | Trackback(0) | Comments(2)
元気の出る歌・・・都の西北
久方に都の西北歌いたり

200px-Okuma_lecture_hall_Waseda_University_2007-01.jpg久方ぶりに早稲田大学サークルの同窓会に出席した。
場所はホテルニューオータニ。
出席対象者はESSの「新宿HM」と呼ばれた地区別活動グループ。年齢にすると50代半ばから70歳位までの約50名程のこじんまりした会合であった。卒業以来始めて見る顔が多く、同期生は流石に判るが前後一年の顔ぶれは記憶にあるのは半分くらいか。後の年代はほとんど分からない。学年ごとに一人ひとり壇上で自己紹介と近況報告が行われ、それで時間を全て使いきった。卒業後の皆さんの軌跡が次々に披露されるに及び、ああ、かくも様々な人生があるものよと人の生き様に感嘆することしきりであった。最後は恒例により「都の西北」3番までの斉唱。クラブ合宿、各種行事、コンパ、応援・・・何事につけてもこれで締めたものだ。
校歌と応援歌・スクールソングが同じなのが都合が良い。こいつばかりは何時歌っても若き日の感慨に耽ることが出来る。60年安保闘争の年、受験勉強のさなか、東京六大学野球で慶応を破って優勝した時にラジオから流れて来た「都の西北」と「紺碧の空」を聞いた途端元気が出、「俺もこれを歌うぞ!」と単純に思ったものだった。
改めて調べてみると作詞相馬御風・作曲東儀鉄笛とある。面白いことに「歌い方」なる記述があった。曰く、「入学式・卒業式や早慶戦などの公式行事で校歌を歌うときは、男女の別なく起立脱帽して、左手は腰に当て右手を上下に振って歌い、振っていた右手を高く上げた状態で歌い終わる。肩は組まない」。全くその通りであったのを思い出す。以前は大学同期の結婚式などでも最後はこれで締めていたが、このところ「・・・わせだ、わせだ・・・」と連呼する機会にも全くと言ってよいほど巡り会えない。たまには同窓会で大声を張り上げるのも楽しいものだ。
考えてみると今日は真珠湾攻撃の日でもあった。クマゴローはその70日前が誕生日の微弱戦前派なのである。              (Dec.8)


未分類 | 00:59:04 | Trackback(0) | Comments(2)
エビス顔
一年をえびす顔して送りたい

20071207011911.jpg毎年この時期になると生まれ育った北九州若松の恵比寿祭りを思い出す。当地では「おえべっさん」と呼ぶ(小さい頃は「おいべっさん」と言っていたような気がする)。これは、「お恵比寿さん」の現地なまりであろう。若松最大の神社、恵比寿神社の秋季大祭であり、12月2?4日に行われる。境内には綿飴をはじめ数々の屋台が立ち並び、見世物小屋などもあった。おえべっさんは、みぞれ交じりの寒風吹きすさぶ季節の最大イベントであった事を今でも思い出す。
調べてみると恵比寿神社・恵比寿祭りは日本中に数多い。京都・大阪・江戸・博多・・・夫々のいわれは知る由もないが、若松のそれは飛び切り古い歴史を持つ。なにしろ神功皇后が朝鮮征伐で立ち寄った折、洞海(くきのうみ・洞海湾)の底より引き上げた光る石がご神体なのだから。
恵比寿様と言えば海の幸をもたらす神、鯛と釣竿を持ったいわゆる「エビス顔」である。この神様はイザナギノミコトの第三子蛭子尊(ヒルコノミコト)だと言われるが、「戎」とも「夷」とも書く。
ここで、我が凡庸な頭は軽く動転するのである。
中華思想では勿論文明の中心は中華即ち中国に決まっている。中華を取り巻く東夷(とうい)・南蛮(なんばん)・西戎(せいじゅう)・北狄(ほくてき)これ全て野蛮人の蔑称。大阪や京都では「戎」の字を当てているが、何故野蛮人と侮蔑された「あづまえびす」がエビス顔になったのか、そして神になり多くの神社が出来たのか、不思議な話である。
きっと民族的往来に複雑な関係があったに違いない。ちょっと調べてみたが、気持ちよく解説されたものは見当たらなかった。
それは兎も角、クマゴロー幼少の頃あれほど寒さを感じていたおえべっさんのこの時期、60数年経った今の暖かさにはいささかゾッとするのである。 (Dec.6)


未分類 | 01:26:57 | Trackback(0) | Comments(2)
再び、ケンタ
(術後経過)
ケンタ30日に退院。
手術そのものは成功し、本犬元気になって再び騒がしい。奥歯2本抜き歯茎の腫瘍を摘出。野生に近いだけあって、餌は普通に食べられる。散歩もOK。  但し、問題は完了せず。
先ず、腫瘍は骨の腐敗を起こしており、やはり悪性であろうとのこと。細胞の完全摘出は困難であり、いずれ又出来るらしい。
次に大問題あり。手術前の検査では分からず、CT検査で判明したことは、右の鼻腔がやはり腫瘍でふさがれている。左をふさぐのも時間の問題らしい。こうなれば、ケンタ自慢の鼻が機能せず、口呼吸となる。更に鼻の腫瘍が腐敗してくると言う。この歳では外科手術は無理。唯一残された処置は放射線治療。一週間置きに4?5クール。それで多少の延命は可能であるが、完治せずとのこと。
これは親として悩みどころである。現在14歳と6ヶ月、既に決して短命とは言えないが、何とか15歳の誕生日までは持たせてやりたいと思う。本犬の気力と体力に期待するのみ。
歯茎と鼻腔の組織を再検査に出しているということであるから、その結果が出るまで今後の治療方針は保留にした。        (Nov.30)

退院後、ここ数日のケンタの様子にびっくり!
先ず餌を欲しがって騒がしい。散歩も極めて元気。水も盛んに要求する。動きも少しは活発になった。口に出来た大きな腫瘍が取れすっきりしたのか、全体的に明るくなってきたのである。後半年も持ってくれればそれで良しとしなければ・・・と半ばあきらめていたのであるが、この様子だとしばらくは安心出来そうか?一時的な現象とも思えるが、何はともあれこちらの気持も明るくなってきた。
年齢を考えると、放射線照射治療はその都度全身麻酔が必要で、体力もかなり消耗するそうだ。その治療によって何ヶ月かの延命は出来るが、何れそう長くは持たないとの話なので、取り敢えずはこのままで・・・という気持が強くなった。それに、1クールの治療費が15万円程かかるのもこちらとしては痛い話である。    (Dec.2)


未分類 | 01:25:46 | Trackback(0) | Comments(2)

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