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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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東京湾観音
寒風に微笑み立てる菩薩像

東京湾観音詳しいことは分からぬが仏様で一番位の高いのは「如来」次が「菩薩」。ちなみに三番目が「天」次が「明王」。何れも三千世界をお救い下さるが、夫々のお力に応じて受持ちと役割があるらしい。
南房総富津市の大坪山の頂上に高さ56メートルの「東京湾観音」が屹然として立っている。世界平和の祈念と戦没者慰霊の女神である救世(ぐぜ)観音だとのこと。
クマゴローの次弟が昨年富津市天羽の丘に別荘を新築した。始めて訪ねて行ったのだが、東京湾を一望でき、大都心から川崎、横浜、金沢、浦賀、横須賀、久里浜、城ヶ島辺りまでを一直線に見渡せる。寒い日であったが幸い晴天で、ウルトラマリンブルーの東京湾は目に痛いほどであった。右手の君津製鉄所手前の小高い丘の頂上、真っ白い観音像が嫌でも目に入り気になる。二日酔いの頭を冷やさんものと見物に出かける事にした。足元に立つと流石に大きい。全体が20ブロックに別けられ、最上階は「天上界」となるが、ご体内の螺旋階段で宝冠の天上界まで登ることが出来る。酔い覚ましに汗でもかくか・・・とも思ったが、同行の弟達がイエスと言う訳はないと思い断念した。
原型の作者は、国際グランプリを受賞した彫刻家の長谷川昴氏で、美術品としても素晴らしいようだ。昭和36年に宇佐美政衛氏が世界平和の理念の元に建立されたとの事である。
一昨年の暮に高崎の「白衣観音」を訪れた事があったが、夜空にライトアップされていたせいか非常に大きく思えた。然し調べてみると42メートル弱で、富津の像の方が14メートルも高いことが分かった。真っ青な空の下で見るのと、夜空のライトで見るのではこうも錯覚を起すものかと驚いた。
地球上で未だに戦争が絶えない。一見平和に見える日本も何らかの形で戦争に直面しないとも限らない、むしろその危険性は大きいと言えよう。
平和を心から祈って僅かながらの喜捨をした。          (Jan.27)


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未分類 | 00:36:23 | Trackback(0) | Comments(2)
街はパッチワーク
やれ何処だ隣の番地は筋違い

日本の番地はややこしく、難しい。
その番号が建物が面している大なり小なりの道路と関係がない。さらにその道たるや袋小路ばかりで、目指す家はすぐ裏手にあるのに大回りして出直さなくては行けない所もある。
実は知人の国分寺市議会議員某氏の支援活動として、本人が定期的に作成する「市政報告書」の配布を40通程受け持っているのである。今日4回目の配布を終わったところだが、場所はほぼ頭に入った。唯今回は新しいお宅が5軒混じっていた。まず事前に地図上で探すのに一苦労。更に実際に回ってみると、はて容易には見つからない。探しあぐねて道行く人に訪ねても、大抵のところ「さあ?」と首を傾げる。狭い街ながら難しい。
クマゴローの知っているアメリカ大都市郊外の住宅地では、全ての道に○○ロード、△△ストリートと名称が付けられ、そこの××番の家と言えばすぐに探し当てられた。味気なく素っ気無いと言えばそれまでだが、兎に角便利だった。それに引き換え日本の住宅地はパッチワークのような造りだ。道も局部的な合理性は目指しているようだが、全体としての統一性は当然の事ながら考えられてはいない。そこ此処に点在する空き地や畑地が無秩序な端切れのように住宅に変貌するが故に、自然と番地も統一性が取れないわけである。郵便配達や宅配便のご苦労やいかばかりか・・・このところ身をもって体験しているのである。
時あたかも寒風吹きすさぶ大寒の候、地図を片手にチャリで目指すお宅を探し回りつつ悲憤慷慨、お座なりな日本の政治・行政を呪ったものだ。然し考えてみると、まあこれが日本の文化の原点かも・・・と言う気がしないでもない。合理的に設計されたアメリカ街の住人には「わび・さび」は分かるまい。日本の雑多な、それで居て何処と無く調和して、何となく分かった様な気がして・・・こんな環境と上手く付き合って紡ぎだされた文化は貴重かも知れないとも思ってみた。
それにしても許せないのは鳩山法相の「株安で40億円ほど損したかも・・」と軽口を言う無神経さだ。元々自分で稼いだ財産でもなく、先祖の遺産を食っているだけではないか。彼らの生活環境たるやおよそ庶民感覚とはかけ離れている。年金も生活保護ももらえず、この寒さに凍えて暮らしている国民も大勢居ると言うに・・・。
政治の中枢に居る奴の発言だけに、その心根は万死に値する。             (Jan.24)


未分類 | 17:51:19 | Trackback(0) | Comments(0)
KY後記
下の言葉の意味、解りますか?
BYTKしたらKBだよ。IWからWHしてHK

今の女子高校生ならば、解釈は出来るらしい。この符丁のような文はこのように理解できそうだ。
【場を読めないでとんだ勘違いしたら空気ぶち壊しだよ。意味わからないから話題変更して話変わるよ】
ブログのコメントでパソコン仲間が「あるサイトで女子高生の使っている略語の一覧表を見つけました。 その中からの抜粋です。」と言って、下のような辞書を書いてよこした。よくぞまあ、探したものだと感心する次第である。
それを使ってクマゴローなりにつづったのが上の一文である。
HK …… 話変わるよ DK …… 大事なとこで噛む
BY …… 場が読めない IW …… 意味わからない
OD …… お肉大好き HD …… 暇な時電話する
WH …… 話題変更 KZ …… からみづらい
TK …… とんだ勘違い KB …… 空気ぶち壊し
KK …… 過剰な勘違い MT …… まさかの展開
MA …… まじありえない
なんとまあ、難解なことよ。まるで暗号でしゃべっているようだ。これは旧日本軍の暗号よりもっと難解な気がする。これではアメリカさんもわかるまい。
それにしても何と味気ない、短絡的な表現ではないか。と言うより、これはおよそ言葉ではない。
日本語の持つ味わいや微妙な響きなどとは全くかけ離れた世界である。日本語ほど表情豊富な言語は無いと思っているクマゴローにとって、この風潮は嘆かわしくも耐え難い。こんな符丁で言の葉スケッチなんぞやられた日には、私ゃあ筆を折るよ。10年後、広辞苑がこんなものを取り上げないことを切に祈るのみ。                  (Jan.18)


未分類 | 22:30:47 | Trackback(0) | Comments(0)
時代遅れ?
今まさに時代遅れかクマゴロー

岩波書店「広辞苑」の第六版が今月11日に発刊された。第五版の23万語から1万語増えて、24万語が収録されるようになったとか。
第五版の発刊が1998年11月11日だそうだから約10年経過したことになる。その10年間で1万語が辞典上で日の目を見たと言う訳だ。その内訳は「現代語」「カタカナ語」「人文・社会」「自然・人間」「科学・技術」「人物」に別けられる。
クマゴロー的感覚で言えば、辞典と言うのは日本語、それも正しい日本語の収録と解釈の集大成であると思っていた。「正しい日本語」とは言ってもその大半は古代から近代・現代にかけて作られた、その当時の新語・造語ではある。ただ、長い時代のフィルターを潜り抜け、生き残り定着したものである。その眼で見てみると、ニュース的興味でしかないが、「広辞苑」第六版は少々気になった。
先ず「現代語」。最近は若者の間で流行語として舌足らずな新語・造語がやたら目に付くが、収録された「現代語」に例えばこう言うのがある。「いけ面」「めっちゃ」「自己中」「うざい」「癒し系」等など。これが日本語であると言う訳だ。だが果して歴史のフィルターに耐えうる言葉であるか?もっと時間をかけて検証したほうが良いと思うが、どうであろう。又、正確な数字はわからないが、「カタカナ語」の割合が圧倒的に多いとか。これほどグローバルな世界になってくれば、それも致し方ないとは思うが、「カミングアウト」「クレーマー」「モラルハザード」「ラブラブ」「スキミング」・・・きりが無い。ちょっと多過ぎやしないか。次回の版には「KY(ケーワイ)」が載っているかも・・・。
パンダ「辞典とは正しい日本語の収録と解釈の集大成」と思っていたクマゴロー認識が間違っていたのかも知れない。ちなみに「辞典」と言う言葉を辞典で引いてみたら「多数の語を収録し・・・」とあり、「正しい」とは書いていなかった。ただ収録される事自体日本語として定着のお墨付きであるとは思うが。
それは兎も角、この膨大な辞典が1万円のDVDに入るとは・・・それも、図解や動画や声入りで。「クマゴロー」と入れるとパンダの生態や鳴き声がパソコンで見られそうだ。小鳥の声を聞くのも楽しい趣味になるかも知れない。            (Jan.18)


未分類 | 01:10:25 | Trackback(0) | Comments(0)
KY・・・?
空気とは同化するものとつゆ知らず

今若者の間で「KY」と言う言葉が流行している。
「KY」即ち「空気を読めない」と言うことらしい。この他に似た表現として「場が読めない」と言う言葉があるが、総じて言えば「場の空気が読めない」と言うことになる。
この言葉は何も昨今新しく出現したものではない。「空気(場)を読む」と言うことは、その場の周りの(相手の)発言や表情や話あるいは状況の方向を察知することであり、その結果適切な発言や行動を取ることに繋がるのであって、昔から日常生活のみならずビジネス面でも当然必要とされる対応力であることは言を待たない。
では何故今頃この言葉がKY等と言う符丁で話題になるのであろうか?今まで余り深くは考えなかったが、今日成人の日の朝日新聞の社説を読んで何だか自分が思っていたこととは別の課題があるのに気がついた。「何を今頃・・・」と言われ、まさに空気が読めていない、と言うことになるのかも知れない。
社説曰く「若者に広がる「KY」(空気を読めない)という言葉は気がかりだ。自分たちと違うと感じた相手を排除する。仲間はずれが怖いから、みんなと同じであろうと必死になる。流行語が招くこの風潮にがんじがらめになってしまうと、まわりに流され、やがて自分の意見さえ持てなくなる」と。
「ん?何かチョット変だな」と違和感を感じた。かつて会社の後輩や部下を指導する時に基準としていた認識とは違う世界を感じたのである。どうやら「KY」と言う符丁は別の意味を持つようだ。
社説子は「空気を読めない奴」とは即ち「排除する対象、シカトする相手」の事を言っているらしい、と言うことがおぼろげながら分かった。シカトされイジメに遭いたくないから自分を殺しても回りに同化せざるを得ない、と言う風潮を心配している訳だ。確かに空気を読まず突出し、結果として排除されたと言う状況はつい最近我々の近くにもあった。だからあながち間違いとは言えないが、「KY」符丁には、重みと意味合いの違う何か又別の、非常に浮薄な・・・イジメに繋がる陰湿さ、恐ろしさを感じる。
流行語を軽々しく使うべきでないと思った次第である。                (Jan.14)


未分類 | 00:39:15 | Trackback(0) | Comments(4)
ぶらりスケッチ日々是好日
武蔵野に今も残れし江戸の水

玉川上水1多摩地区は武蔵野の良い所を今なお一杯残している。九州の北の端から上京し、図らずもここ武蔵国・国分寺に居を構えるに至った。そして、この地が実に気に入ってるのである。
武蔵小金井のマンションを手に入れたのが40年前。途中9年ほど故郷北九州に転勤はあったものの国分寺に定着して16年、広々とした自然が残ったこの地は気象条件も穏やかで快適な土地であった。移り住んだ当時は周辺に欅や雑木林が多く、緑の多いところであった。それから今に至り、その緑のほとんどが住宅に変身してしまった。つい最近の記憶にある武蔵野の面影が、あっという間に消えてゆく寂しさに耐えかねているこの頃である。
玉川上水2唯一例外は玉川上水とそれに添った緑地帯である。今を遡ること350年余り、江戸市中の飲料水として玉川兄弟の手で羽村から四谷大木戸(新宿御苑前辺り)までの40数キロ。露天掘りの上水は多摩の新田開発にも恵みの水をもたらした。その両側に今なお三鷹を抜け杉並まで緑道を残している。これは稀に見る史跡であり、この緑溢れる自然は今や都民の健康と憩いの場でもある。いや、人間ばかりではない。多くの鳥や魚や昆虫などの安全な住処でもある。
かつて日本経済が右肩を聳えさせていたころ、そして毎年大量の車が生産され道路事情の悪化に苦しんでいた頃、道路確保の為にこの玉川上水と緑道を潰して幹線道路にすべし、と言う論議が道路族の間で出ていたと聞いた事がある。何を見ても札びらにしか見えない心の乾いた連中の、非文化的な感性に驚くばかりである。流石に国民の健全な感性がこの自然を守ったが、もし本当に道路になっていたら後世まで国家的反逆行為と言う烙印を押されたに違いない。
前漢の皇祖劉邦が覇権をかけて戦った相手は項羽であるが、項羽は中国文明史上の3悪人の一人と言われる。その理由の一つには、秦の始皇帝陵の兵馬俑遺跡を徹底的に破壊し尽したことにある。(現在の兵馬俑遺跡は、砕け散った粘土片を丹念に拾い集め、膨大な時間をかけて復元したもの。今なおその作業は延々と続いている)
クマゴロー感覚では玉川上水を破壊する人間は、項羽にも匹敵する大悪人と言うことになる。いや、それ以上かもしれない。兵馬俑は単に粘土作りの遺跡に過ぎないが、玉川上水破壊は生きている自然や人間に敵対するものだから・・・。

正月2日はこの上ない快晴・無風・温暖な1日であった。家の中に居るのがもったいなくて、スケッチブックとデジカメを抱えて徒歩5分程のところにある玉川上水へ。隅田川や荒川のような雄大な河川はそれなりの素晴らしさが一杯ある。だが、この小さな上水とそれを挟んで何処までも続く緑道はこの上ない散歩道であり、憩いの場所である。羽村堰から緑道の終り杉並区までの間には110もの橋が有るそうな。それらの橋の上やたもと辺りにはポイントが無数にある。家から一番近い辺りで簡単なスケッチをしてカメラに収め、良い気分でゆったり、ぶらり帰宅に及んだ。                                    (Jan.2)


未分類 | 23:46:04 | Trackback(0) | Comments(4)

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