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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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出島に輝くモニュメント
さるき終え出島に聳ゆ金字塔

「さるく」とは「歩き回る」事を意味する長崎の方言である。
お江戸日本橋から肥前長崎出島へ、1000キロのさるく旅を3月20日にスタートした黒田・武内両氏。遂に昨日29日、無事出島へ帰還を果たした。50日の積りが何と41日で完了。リュックをしょって一日平均25キロのペースである。全く驚くべき爺様たちと言うより他はない。
スタート日の黒田氏の携帯メール。「20名を超える大応援団の皆さんと固い握手、万歳三唱、関東一本締め、博多手一本に送られて出立。お江戸日本橋から調布飛田給へ。一日中雨風」とある。確かに当日の雨風は激しかった。東京・神奈川・山梨・長野・岐阜・滋賀・京都・大阪・香川・愛媛・福岡・佐賀、そして長崎と実に13都道府県をさるいた。途中雨あり、風あり、木曽路では何と深々と降る雪の中の行軍であった。しかし「ややもすると気持ちは後ろ向きになりがちですが、二本の足はいつも前に向かって歩いてくれます。前向きな足に乾杯!」と何時も心も体も前向き。「そして、今日もサプライズです」と毎日様々な出会いに感動して、喜々とした旅日記を発信し続けてきた。勿論励ましのメールも山のように受け取って、それをエネルギーに換えて来たことであろう。
そして遂に4月29日17時20分「快晴。さるくゴール、大勢のお迎えの皆さんが待つ横断幕に武内と飛び込みました。皆さんから頂戴した温もりに心から感謝します」「長崎市さるく観光課のおかえりなさいセレモニー、福田さんの音頭で万歳三唱、熱い熱い出島のドラマでした。旅の先々でお世話になった皆さんありがとう!武内ありがとう!出島でキスができなかった奥さん、ただいま!」というメールを以って、1000キロのさるく旅は完結したのであった。
感動的である。飛行機や新幹線で苦も無く移動できる現代にあって、徒歩しかなかった昔の苦労を再現し、実体験したことは万金の価値である。但し、昔は道、宿、安全、通信・・何れを取っても遥かに拙劣であったと言う違いはあるが・・・。目の前を通り過ぎる車や列車を眺めながらの「さるく」はさぞ辛いものであったろう。それを逆に優位に置き換える精神力は素晴らしい。黒ちゃん、おめでとう!               (Apr.30)


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未分類 | 23:40:32 | Trackback(0) | Comments(4)
減税・・・蒸発?
減税はガソリンのごと蒸発し

ガソリンには、ガソリン税+暫定税+消費税と言う搾取的税がかけられている。この暫定税と言うのが今問題になっている奴で、30年前に租税特別措置法として作られたものだ。そもそも30年も続く「暫定」と言うのが不可解であるが、是に対する本質的な議論も無く、今後10年継続させると言うのである。これはもう「暫定税」ではなく恒久税といわざるを得ない。更に言えば、この消費税は税金に税金をかける二重課税である。国民に対する詐欺行為としか言いようが無い。
物事の進め方の本質としては、先ず道路特定財源としての「暫定税」は一旦ご破算にすること。そして今後何が、どれだけ、何時までに必要なのか、その財源を何処に求めるのか・・・と言った本質的な議論をすべきである。そしてどうしてもこの税が必要ならば「恒久税」として課税すべきであろう。何故この本質的議論に持ち込まないのか?それは与党に勝ち目が無いからである。従ってそこに触れずに誤魔化し、なし崩し的に力で押し通す。道路族が潤ってきた「甘い蜜壷」を放したくないだけの話であろうが、4月1日の期限切れで、1ヶ月とは言え安いガソリンを手にした国民は納得できるはずが無い。
「暫定税分2兆6千億円の税収不足をどうする積りだ。国債を発行しろと言うのか」と凄むが、是はヤクザの脅しのようなもの。そもそもこの財源を前提に予算を組み、既成事実を作ったのは与党の勝手と言うものだ。前提が崩れたら予算を修正すればよい。人が作った計画を人が修正できない訳が無い。税金の無駄遣い、不正使用、隠し財産(埋蔵金)等々予算縮小の財源は各省いたるところにあるではないか。要は各省、政治家の権益を減らしたくないだけの話であろう。
あらゆる物価が上昇する中、年金事件は解決できず、後期高齢者の健康保険は別枠にし保険額を上げ年金から天引きする・・・・。政治の悪行を数え上げればきりが無い。
国民をコケにするのもいい加減にしろと言いたい。世の中悪くなるはずだ。目を覆うような凶悪犯罪の増加は、政治の悪さに起因する世相の悪化の産物と言えよう。
(Apr.24)


未分類 | 01:29:21 | Trackback(0) | Comments(0)
雉も鳴かずば・・・part2
春うらら花もまどろむ雉の里

雉(連結)再び雉。
八ヶ岳山麓の道端にオスの雉発見。約20メートル程の距離である。肝っ玉が据わっていると見えて、慌てず騒がず悠々としたもんだ。
歩く姿はにわとりかとも思えるほど土に馴染んでいる。
ただ、違うことはその羽根の模様の美しいこと・・・素晴らしい色彩である。
しばらく車を留めて見入ってしまった。今でも猟をする人はこの雉を撃つのであろうか。この様子ではいとも簡単に仕留められよう。人はこんなに美しく気高い鳥をどうして撃つことができるのであろう。
「ギェーン」とも「ギャー」とも聞こえる鋭く力強い声で一声叫ぶ。時節柄恋の雄叫びか、それとも縄張りを主張しているのか?その両方のような気がする。長閑な山里の風景であった。
上野の東京都美術館に「新世紀展」と言う油彩グループの展覧会を見に行った。かつての会社の先輩で、テニス仲間でもある田中氏が初入選したとのことで、すわっとばかりに出かけた。「ラプソディ・イン・ブルー」、ジョージ・ガーシュインの名曲からとった題名の80号の大作であった。美術館を出たところで、「ギェーン」と言う聞きなれた一声。「むむ、何だ!」・・・。やがて、あれは上野動物園の雉だと確信。懐かしさを覚えて思わず入場券を買ってしまい、動物園巡りと相成った。カンカン・ランランが来日し、上の子を肩車して檻の前をぞろぞろと歩いて以来のことだ。
その後何十年経ったことであろう。『65歳以上300円』也。嬉や!中学生より安いではないか。
後期高齢者か寿高齢者か知らねども、その時には是非とも無料にして欲しいものだ。 (Apr.16)


未分類 | 17:09:05 | Trackback(0) | Comments(0)
高幡不動尊
山門の松と桜と不動尊

高幡不動五重塔未だ満開の桜をあしらった景色を描かんとて、平川先生と門下生約10名のメンバーでスケッチに出かけた。
所は日野市、国宝高幡不動尊金剛寺。真言宗別格本山、行基菩薩の開基との伝えがある。そう言えば先日お通夜で訪れた山口観音の本尊千手観音も行基作と伝えられていた。行基は7世紀後半天智天皇の御世に、畿内を中心に貧民救済や開墾、治水、架橋などの社会事業に活動した僧であるが、ここ関東でも是ほどまでに頻繁に名前が出てくるとは、かなり伝説的人物であったに違いない。
それは兎も角、先ず最初は入口の山門。深みと厚みと重みが何とも良い。これは絵になる。山門をくぐると嫌でも目に入るのが五重塔。何といってもこの寺のシンボル的建物だ。最上階から下への広がりは他の五重塔より大きいのではないかと言う感じがする。いかにもどっしりとしており安定感がある。先生は「五重塔が描ければ何でも描ける」と言う。それ程難しいものらしい。何事も経験しなければ・・・と是をターゲットにすることに決めた。この寺を描く人は誰もが一度は経験するであろうポイント、山門の近くに座り込んだ。此処からはこの寺を菩提寺とする新撰組土方歳三の銅像もしっかり視野に入る。
描き始めて改めて認識したが、いや実に難しい。
聞きしに勝る難しさだ。必死に3時間取っ組んだ結果は惨憺たる有様で、後の講評では散々な評価であった。後味悪し。撮った写真を参考に、帰って家で描き直し、けじめをつけることにした。大した出来ではないが兎も角塔は建った。
(Apr.6)


未分類 | 01:55:58 | Trackback(0) | Comments(2)
さるく50日
お江戸より長崎さるく五十日

日本橋スタート長崎在住、旅行と温泉巡り大好き黒田氏、還暦も過ぎ無事退職も果たし、遂にお江戸日本橋より肥前長崎まで「さるく」長旅に出た。(写真左)
何と五十日をかけて友人二人でてくてく踏破するという。
出発日は3月20日、到着予定は5月のGW明けか。今日13日は大阪市内高麗橋に到着しているはずである。毎日携帯から応援グループ宛にその様子や出会い等様々な情報が本人から届き、応援団の激励メールが返されている。
勿論地元長崎市の観光課辺りが何かとバックアップもし、長崎の宣伝なども依頼しているらしい。又、行く先々には色んな手蔓で受け入れ態勢が作られても居る様子だ。話を持ち込まれた地方新聞も大きく記事にした。(下は岐阜新聞)
岐阜新聞Apr.7.2008
「さるく」とは御当地言葉で「ぶらぶら歩き回る」と言う意味だ。何となくその雰囲気が伝わってくるような響きがある。九州赴任期間中に懇意にさせていただいた黒田氏、もう25年近くものお付き合いになるが、氏の弾ける様なメールに接する度に元気を貰ってきた。クマゴローの拙いブログも読んで頂いているようで恐縮している。
それにしても何と言う快挙であろうか。その迫力と体力と気力と行動力に圧倒されるばかりである。本人達の気分としては予定のルートとは言え自分の足で大地を確かめながら、各地の風土と人情をたっぷり楽しんでいることであろう。時間・金・体力・強固な意志・広い交流・実行力・・・等々色んな意味で選ばれた人しかその実感を味わうことは出来ないが、それにしても贅沢なことで羨ましい限りである。このところ出発以来毎日届くメールで、氏のウキウキとした楽しそうな様子を想像するのが日課となっており楽しみでもある。こう言った情報は歩くごとに反響が広がり、長崎に到着する頃になると地元では大騒ぎになっているに違いない。東京のマスコミにも取り上げられてもおかしくない一大事業だと思う。
「江戸長崎・街道さるく旅」も後1ヶ月足らず続く。勿論無事到着されることと確信はしているが、くれぐれも事故と病気に合わないよう心より祈る次第である。そして大歓声の中両手を挙げて笑み一杯の顔で、勇躍栄光のゴールのテープを切られんことを・・・。
待っていますよ、黒田さん。                    (Apr.13)


未分類 | 01:36:05 | Trackback(0) | Comments(2)
青山会の事
青山に戦友集い酌み交わし

「青山会」と言う会合が毎年一度青山で開催されており、今日26日は13回目である。昨年まではクマゴロー幹事であったが、今年からは新幹事に引き継いだ。会名には思い出と由来がある。
IBMと言う会社は本来大型電子計算機を製造・販売する会社であった。その基本は今でも変わりはない。販売は全製品IBMのプロパー社員で行い、外部委託販売即ち代理店・特約店・小売店への販売はせず、全て営業マンからエンドユーザーへの直接販売であった。これは製造過程も同様で、自社充足率は極めて高いものであり、製販合わせて高い利益率を享受してきたのであった。
創業以来続いたこの方式に一大変革をもたらしたのが、他でもないパソコンの出現であった。ミニコンやパソコンに市場を奪われ初め、IBMもこの分野に進出せざるを得なくなったのである。パソコンは競争が激しい。しかも一台の値段が極端に安く、利益も僅かしかない製品分野である。安く作り大量に売らなければ採算が取れない。だが、大型機のコスト構造では安いパソコンは作れない。加えて自社のセールスマンだけでは数が足りず、大量販売の経験もない。残る方策は外部委託生産と委託販売である。これはIBM社員誰もが一度も経験したことが無い世界であり、まさにコペルニクス的転換であった。日本の競合他社は最初からこの世界である。IBMは全くの後発会社となってしまった。しかもド素人の。
コンサルタントを入れ極秘プロジェクトが発足した。特約店の作り方、契約書、価格のつけ方、マージン制度、教育、保守体制、クレーム処理・・・文字通り暗中模索であったろう。
今から24年昔、IBM特約店への卸売窓口と管理会社として100%子会社「日本IBM販売?」が設立された。パソコンも出来た。特約店も15店ほどお願いした。そして本拠地が青山に出来た。IBMの各部門から数十名の社員が出向した。目的は競合他社に対抗する全国特約店網を整備し、パソコン販売戦線に勝つことであった。
スタート当時のつわもの共が戦友の気分で年に一度集い旧交を温める場所、それが「青山会」なのである。             (Mar.26)


未分類 | 00:32:04 | Trackback(0) | Comments(2)

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