■プロフィール

悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

■最近の記事
■最近のコメント
■リンク
■最近のトラックバック

■カテゴリー
■月別アーカイブ
■全ての記事を表示する
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■フリーエリア

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
仏の里
初蝉に耳傾けて磨崖仏

大分県国東半島は「仏の里」と言われている。古くからの山岳信仰が奈良から平安時代にかけ天台宗の寺院の形をとり、宇佐神宮の八幡信仰と融合し、神仏混交のルーツとなった。国東一帯には末寺を入れると何百と言う寺があり、総称して「六郷満山」と呼ばれる。その総寺が両子寺(ふたごじ)で、半島の真中に位置する。国東には「国東塔」と呼ばれる独特の様式の石灯篭が大小幾多もあって、旅行く人を楽しませてくれる。
国東半島に限らず大分県全体が仏の国である。寺・石仏・磨崖仏・板碑がこれほど多く点在するのは日本広しと言えどこの豊後の国の右に出る所は無いであろう。今回は何十年ぶりに臼杵に足を運んだ。臼杵城址ここでの目的は戦国大名大友宗麟が作った臼杵城址に行くことと、磨崖石仏群のお顔を拝むことであった。司馬遼太郎の大友宗麟によると、この臼杵城は海岸から突き出た小山に在り、満潮時には道が海水につかるとあったような気がしたが、今は海岸線からはかなり遠い。杵築の奈多八幡宮司の娘で、バテレンの宗麟を徹底的に嫌い対決したという猛妻から逃れ、小さな臼杵城で心を安らげたとあったが、その城とはどんなものか見たかったのである。険しい崖の上に立つ城址は確かに小さな出城であった。宗麟はここで豊後灘を見下ろしながら心安らぐ日々を送ったに違いない。
方や有名な国宝臼杵石仏。市内からしばらく郊外の田圃を走る。平安時代から鎌倉時代にかけて、凝灰岩の大岩に彫られた磨崖仏群である。全部で60余体あるらしいが、そのうちの59体が国宝と言うからすごい。中でも一番のお気に入りはこの大日如来。

臼杵石仏大日如来以前訪れたときには、頭が落ち足元にころがっていた。7?8年前に遺跡全体の修復作業が終わり、その時戻すかどうかの大論争の末、如来様の頭を元の位置に挿げ替えたとの事。足元に転がされた如来様の頭を上から見下ろすよりも、やはり本来の場所の方が良い。
梅雨の晴れ間の、何とも間延びしたような空気の中の田園豊かな山村である。
有るべき場所に頭の戻った如来様は心静かに蝉の声に聞き入っているが如き風情であった。
(Jun.4)

(注)磨崖仏=岩に掘り込まれた仏像。
    板碑 =岩に彫られた塔婆



スポンサーサイト
未分類 | 22:36:00 | Trackback(0) | Comments(2)
ああ、荒城
荒城に立ちて見ゆるは山の又山

岡城址木曽路はすべて山の中・・・とは藤村「夜明け前」の冒頭の一節。ここ豊後竹田(たけた)の岡城址も周囲は同じく山の又山である。
古のつわもの共の姿を重ね、人の栄枯盛衰をしみじみと歌い上げた「荒城の月」の舞台である。歌詞は土井晩翠で、目の前にあったのは仙台の青葉城だったかもしれない。しかし滝廉太郎が曲をイメージした岡城址の方がはるかに情緒を感じる。天空に聳え立つ荒れた石垣の淵から周りを睥睨すると、しみじみとした情感が自然とわきあがるから不思議である。一歩間違えば下は千尋の谷で、思わず足がすくむ。
この岡城址は幾たび訪れても凄いの一言に尽きる。小高い山の頂上をならし、自然の起伏を巧妙に利用して石垣を幾重にも積み上げ、二の丸・三の丸・西の丸・武器庫・賄い所・家老屋敷等々、更に一段高い場所に本丸跡。相当に広大な城なのである。何代にもわたって完成されたものであろうが、その築城技術に圧倒される思いがする。
城郭の無い今は荒れ果てた城跡を散策すると、名曲「荒城の月」が生まれる舞台は此処しかないという気がしてくる。
それに引き換えその城下町は又何と言う小ささであろうか。
10町村を合併しての竹田市は2万6千名の人口であるが、旧竹田町が恐らく城下町と思われる。車で回るのは窮屈なので徒歩か自転車での見物となるが、武家屋敷を目玉として歩いてもすぐに回り終わってしまう。立派なのは藩御用達の菓子屋「但馬屋」くらいだ。藩医の家に生まれた江戸時代の文人画家田能村竹田と滝廉太郎、とりわけ廉太郎一人で支えられている感のある小さな、静かな町であった。
滝廉太郎記念館の名誉館長、筑紫哲也氏が廉太郎の妹の孫であるとはそこで知った。 不明を恥じるのみ。   (Jun.5)


未分類 | 10:29:07 | Trackback(0) | Comments(0)
老犬は死せず・・・
老犬は死せず ただ去り行くのみ

ケンタ遂に逝った。やっぱり永久の眠りについてしまった。
15歳の命が静かに・・・青空に昇って行った。
6月8日嬉しい筈の誕生日、最後は苦しかったね。でもよく張ったよ。
家に来た時は両手の中に入る程小さかったんだよ。大雪の朝、雪の中を飛び跳ねて雪だるまになって笑ったね。15年の間、ケンタ本当に有難う。
口腔に腫瘍を認知して8ヶ月、人間で言えば3年ほどの期間になるであろうか。先月13日に4度目の手術を決意したが、医者からはもう手術は無理だと言われ、良くて後1ヶ月と告げられた。それでも15歳の誕生日を何とか迎えることが出来のだ。だが、可愛く凛々しかった顔が見るも無残な様相に変り、口を開け目を半分閉じ、ゼーゼー苦しそうに横たわり、立つことも難儀するケンタをこれ以上見るに忍びない。
今朝は体の汚れを綺麗に洗って自慢の毛を整えてやった。
菩提寺は禅宗浅間山慈恵院付属多摩犬猫霊園。ケンタ!お前は何時までも心の中に生きているよ。           (Jun.10)


未分類 | 22:10:51 | Trackback(0) | Comments(1)
ルーツを訪ねて
源流を探し訪ねて豊後路(みち)

九州の東海岸、JR日豊線沿いに走る国道10号線。宇佐から国東半島方面に向かう途中にその村はあった。
江熊城址国道の左右は大分の穀倉地帯である。地図で宇佐市江熊と言う地名を探し当ておおよその見当は付けていた。左手の田圃のかなた、遠くに見える家々のどこかが目指す場所に違いない。一面の田圃で見通しはよい。にも拘わらず近くを走る日豊線を越える道を見出すのが一苦労であった。失敗を重ねた挙句やっと車一台が通れる細い道を発見し、無人の踏切を越える事が出来た。さらにあぜ道を走ることしばし、ようやく小高い林の麓の集落にたどり着く。江熊地区はこの辺りの筈だが・・・と車を留め徘徊を始めた直後何やら説明板があるのを発見。胸を躍らせ恐る恐る近づくと『江熊城址』とある。やった!遂にクマゴローの源流にたどり着いたぞと一人小躍りした。
小学生の頃一度だけ父親に連れられてどこかのお宅に寄った思い出がかすかに残っている。どう言う訳かその後一度も此処には立ち寄ったことは無い。どんな村だったか誰の家だか、何の為に行ったのかも記憶に無い。ただ、その近辺は江熊姓がほとんどだったという感覚だけが残っているのである。生まれる前に無くなった祖父が此処の出身とだけ聞かされていた。後年国道10号線を走りながら「江熊」というバス停があるのを発見して以来、何時もこの辺りに差し掛かると何となく気になっていた。そして今回若松帰省の後、湯布院に行く途中この村に立ち寄ろうと思い立ったのである。母はもう車の長旅には体が持たないので一人で出かけたと言う気安さが有ったかもしれない。ぶらりと江熊村を探して歩いてみようと思った訳だ。
「江熊城址」説明板をカメラに収めた後、近くの2?3軒の農家に近づいて表札を観察すると確かに「江熊」と書いてある。周りの畑で農作業中の年配女性がしきりにこちらを窺っている。妖しい奴と警戒している様子であった。近くに『江熊先生之寿碑』と書かれた石碑があるを幸い「この碑の写真を撮らせていただけませんか?実は私も江熊と言うものですから」と声をかけ写真を撮った。すぐ近くから旦那とおぼしき老人が近寄ってきた。しばらくすると別の大男が加わった。四人の「江熊」が集まった。もう仕方ない。自分が何者か、何故此処に来たのか等を説明する羽目になってしまった。
江熊さん達2子供の頃父と一緒に来た話、父の名前、祖父の名前、生まれ育った場所・・・。皆さん遠い記憶を辿り始めた様子であった。突然‘旦那’が「わしゃその子の事をおぼえちょるが・・・背の大きな子じゃった」「うちに来たんじゃ。あんたかもしれんの」。何と言うめぐり合わせ。月に探査衛星を着地させると同等の確率の出会いである。実を言えば此処に来る途中、中津を過ぎた辺りで「江熊家」の葬儀の看板を見つけたが、それからしばらく走って宇佐神宮の手前に来ると、何と又もや「江熊家」の葬儀案内があるではないか!地元とは言え決して多くある苗字ではない。今日は一体どうしたことかと訝っていたが、今度は60年近くも昔の方とのピンポイントの再会。これはまさしくご先祖様のお導き以外考えられないではないか!
後から来た大男が村一番の物知りとか。 しばらくあちこちの江熊さんの消息が語られ、かつては勢力を持っていた江熊郷の話があり、昨今の話へと続く。話を聞き相槌を打っている間に次第に心が慰められる、そんな気持がしてきた。此処は間違いなく「江熊」のルーツ・源流であった。十軒余りが肩を寄せ合うようにして、細々と狭い田畑を耕しながら江熊地区大字江熊の源流を守って来たに違いない。
帰り際、‘旦那’が車の傍まで見送ってくれたのが嬉しかった。 (Jun.4)


未分類 | 02:12:39 | Trackback(0) | Comments(4)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。