■プロフィール

悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

■最近の記事
■最近のコメント
■リンク
■最近のトラックバック

■カテゴリー
■月別アーカイブ
■全ての記事を表示する
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■フリーエリア

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
何たること!
よーいドントトロの森に子等の声

東京都の二つの大水瓶、多摩湖(村山貯水池)・狭山湖(山口貯水池)を抱えた狭山丘陵。その中には西武遊園地や西武ドーム球場、西武園ゴルフ場、山口観音等々がある広大な緑地帯だ。
更にその東に位置し、東村山・所沢両市にまたがるのが八国山緑地。知る人ぞ知る映画「となりのトトロ」の舞台(映画では七国山)なのである。不動産開発計画が明らかになって以来、宮崎駿監督を始め両市民団体が身を楯にして守り抜いた貴重な緑地である。付近の幼稚園の遠足と言えば先ずはこの八国山。
それはさて置き、八国山の麓に東村山市立北山小学校と言うのがある。菖蒲で有名な北山公園に隣接し、実に田舎っぽくのどやかな学校だ。ここに今年4月からクマゴロー三世がお世話になっており今日は初の運動会。幸いにも好天に恵まれ秋空の広がる爽やかな朝、ジジもご出勤と相成った。二世以来だから30年ぶりであろうか。運動会らしいウキウキした雰囲気に包まれた運動場であったが、まず感じたのは生徒の人数の少なさだ。圧倒的にギャラリーの数が多い。1学年30数人で2クラスと言ったところか。一年生だから出番は少ない。ただここまで成長し、他の子供達に混じって屈託無くはしゃいでいる姿を見て何だかホッとした気分になった。
この田舎小学校ですら、色は違えど明らかに混血と見られる子が4名も目に付いた。昔とは違って国際的になったものだと驚く。小学生は何といっても未だ幼い。六年生とは言えまだまだ無邪気集団である。昨今、訳も無くこの小さな命を理不尽にも奪う事件が後を絶たない。競技にはしゃぐ集団を見ながら、皆無事に成長して欲しいとの思いしきりであった。このところの出生率は多少上がって1.34だとか。少子化担当大臣は小渕優子、どんな政策を取ってくれるのか。「櫂(かい)より始めよ」と言う諺もあるが・・・。
自由参加の玉入れに普段はシャイな「でべそクマ」が珍しく参加した。ところが何と、玉が籠まで届かない!何たる無様!我が命脈も尽きたかとボーゼン・愕然。ガックリ肩を落としてとぼとぼ家路に着いたクマゴローであった。           (Sep.27)


スポンサーサイト
未分類 | 02:04:09 | Trackback(0) | Comments(0)
ブタに口紅
恐慌にあおられ祭りもかすみけり

20080915b_02.jpg自民党総裁選、5名の候補が仲良く車に乗って全国行脚の図、何だか可笑しな風景ではある。既に結果は分かっている、後は衆院選のための自民党売込み戦略として、結束の固い一枚岩を国民にアッピールするのが党利との認識であろうが、姑息と言うほかは無い。そもそも総裁選は「自民党総裁」を決めるもの。投票権の無い全国の国民に笑顔を振りまく必要がどこにあろう?それこそ党内で粛々とやっていればそれで済む筈ではないか。
その間政治は全くの空白状態に置かれたままだ。あのアメリカからさえ「口紅をつけてもブタはブタ」と揶揄される始末である。流石に年の功与謝野馨だけが「今はそれどころではない」と目が覚めた格好になった。
果たしてその間世界の経済危機はその深刻さを露呈した。リーマン・ブラザーズの破産。あのメリルリンチやAIGその他大手金融会社の経営危機は国際経済にとっては強烈なパンチである。日本だけがリングの外に居られるわけが無い。方や毒米の流通で戦々恐々の食品業界と国民。「我に罪なし」と逃げ回る農水省。カビが生え、毒が回っているのは政治と官僚世界ではないか。よくもまあ「総裁選祭」に血道を上げていられるものだと、怒りを通り越しあきれ返ってしまう。
そして今度は、その祭りも終らない内に早々と衆院解散と総選挙日程が決まっただと。開いた口がふさがらないとは正にこのこと。こんなことなら福田が敵前逃亡した時に解散すべきであった。
国の支配層の目線がこれ程国民的目線からずれた時代も史上希ではなかろうか?とさえ思える。
一党支配が長期間続くとカビや毒が蔓延するものだ。これを破砕したり再精米するのはそれこそ「ブタに口紅」と言うもの。それより一度粉にして、糊にして固め直すしかないのでは・・・。             (Sep.18)


未分類 | 21:32:36 | Trackback(0) | Comments(2)
ここにもクマが・・・!
涼新た夏の名残の浴衣かな

今年の夏は暑かった。特に7月の暑さは尋常ではなかった。それもその筈、昭和21年以降歴代3位の暑さとの事である。ただ、この「歴代○位」と言うのは果たして何の順位なのかが今一明確でない。聞いている方に何となく「ああ○位か、暑い筈だ」と早合点してしまういい加減さがある。
又今年は台風が従来より少ない気がする。しかしこれも錯覚で、実は今のところ去年より多いのだ。10日発生している台風は13号、去年の9月6日の台風は9号であった。そう言う意味ではあれやこれやで何も今年が異常気象と言う訳でも無さそうだ。
但し8月に限って言えば、天気予報が誤報ではないかと思えるほど当たらなかったような気がする。一日中晴れのはずが突然猛烈な雨になり、しかもその都度ゴロピカ同伴だ。凄まじい雷に何度肝を冷やし震え上がったことか。日本中あちこちで、1時間80mm以上の豪雨に幾度見舞われたことか。その度に予期せぬ水害、事故死、山岳遭難に見舞われた方多数であった。
浴衣姿
このところやっと落ち着きを取り戻した様子で、秋の気配を感じるようになった。それにしても色んな意味で猛烈且つ目まぐるしいような夏が過ぎ、一息ついたらいつの間にか秋だった、と言った印象を受ける。
ところでこの夏新しい発見、それも決して歓迎すべきではないそれがあった。
8月に涼とお絵描ポイントを探しに八ヶ岳山麓に出かけた時のこと。森の中から聞こえてくる異様な声に驚いた。なんとそれは昔懐かしい「クマゼミ」の、あの騒がしい声なのだ。「こんな所にまでクマが・・・!」と一瞬愕然とした。このセミは西国の産で東日本以北には居なかった筈、それだけ温暖化が進んだことに他ならない。このセミの繁殖力は旺盛である。何年か後の夏は朝早くからクマゼミの声に起こされること請負っても良い。
暑さしのぎに浴衣は間に合わず、腰蓑になるのではなかろうか?     (Sep.11)






未分類 | 19:34:25 | Trackback(0) | Comments(4)
‘コケ’の一念(年)
またコケタまたまたコケタまたコケタ

昨年の9月12日、九州から戻る車中のテロップで安部普三の辞意表明を知って驚いた。長州出身首相8人目もやっぱりコケタか。それも武士道の体を為さない無様な格好で。明治はこれで完全に終わったかと嘆いた(?)ものだ。総裁選は25日、その間僅か13日。タナボタで91代目の総理の椅子が転がり込んだ福田康夫、嬉しそうだった。91(クイ)を残さぬ後始末が出来るか、と昨年の言の葉スケッチに描いたものだ。
そして今年9月1日(やはりクイ)、又々コケタ。それも臨時国会を11日後に控え早急に解決しなければならない案件が山とあると言うのに・・・。ゴロあわせにしては良く出来たと褒めてあげたい。
辞任の弁が振るっている。『今、政治空白は許されず(12日から)新しい布陣で臨むため、このタイミングを狙っていた。国民の迷惑にならないよう考え、この時期を選んだ』だと。去年と違い素早く麻生に禅譲できると踏んだか、11日に型どおりの総裁選を終え、翌日臨時国会開会日に辞任演説を行い新首相に笑顔でバトンタッチが出来ると計算したのだろうか?だが、ご意思に反して総裁選は22日5名の乱立、即刻組閣としても国会開催後10日以上も事実上空白が出来る。しかも衆議院解散の可能性まで残して・・・。  
ただ、形の上では22日までは福田が首相である。思惑が外れた言い訳が出来ないため、辞任表明後の「ぶらさがり取材」を拒否してきたのか?「私は自分を客観的に見られる人間だ。あなたとは違う!」と質問する記者に言い放ったよね。「負の遺産ばかり押し付けられた。野党が協力しなかった。小沢が意地悪をした。身内が足を引っ張った。自分は何も悪くないのに・・・」。迷世いごとや言い訳は聞きたくない。
やっぱり「クイ」の残る一年でした。一国の首相たるもの、国民の心を引きつけるエネルギーと魅力を持つ人であってほしい。最低でも人柄を感じさせる人であって欲しいものだ。思えば本当に口を開くたびに人の心を逆なでし、人の気持を不愉快にさせることで自分を支えてきた人でしたねえ。             (Sep.9)


未分類 | 12:21:59 | Trackback(0) | Comments(0)
『一球入魂』
熱き心一球入魂の気迫有り

久し振りに熱い映画を観た。「ラストゲーム最後の早慶戦」である。
野球は敵国の国技である、との理由で昭和18年禁止の通達が出された。東京六大学リーグ戦もこれにより中止。しかし早稲田大学野球部は部長飛田穂洲(とびたすいしゅう)の下、解散することはなかった。飛田は軍部の厳しい監視や暴力的嫌がらせにも屈せず、「教育の一環である」との理由で合宿所に居座り、部員の指導に当たった。
部員の野球にかける情熱も見事に描かれている。「兄さんは立派に軍人として志願した。お前は敵国の野球を何時までやる積りか!」と怒鳴る父に「アメリカのものが悪いのなら、日本の軍人は槍・刀で鎧兜に身を包んで戦わねばなりません!」と反論。これは飛田穂洲の言葉そのものである。
しかし、ついに学徒動員令が発令され20歳以上の学生の徴集が決定、徴兵検査日も告げられる。そんな中、慶応義塾大学の塾長小泉信三が飛田を訪れ、学生達の今生の思い出に、と早慶戦を申し入れる。場所は神宮球場にしたいとの事。飛田と野球部員達の喜びと興奮は大変なものであった。然し、早稲田の田中穂積総長は飛田の必死の説得にも許可を下さない。何か事故が起こると大変なことになるとの理由である。従来早稲田は反国家主義的であると軍部や官憲からは厳しい目で見られてきた為、彼なりに早稲田大学を守る決意が堅かったのである。
だが遂に飛田は一存で小泉塾長の申出でを受ける決意をする。それを聞きつけ厳しく叱責する田中に、飛田は血を吐く思いで言う。「確かに早稲田は津田左右吉、某々弾圧を受けました。然し彼らは決して節操を曲げることはなかった!」と。遂に田中総長は「責任は我にあり」と早稲田の戸塚球場での早慶戦を認可する。小泉は学生に混じって応援席に座る。田中は姿を見せない。
節々に慶応と早稲田の校風の違いが実によく出ていて面白い。
試合は練習量の豊富な早稲田が大差で慶応を破るが、この際勝ち負けは問題ではない。心の中では大声で戦争反対を叫びたい学生達や、取り巻く人々のやりきれない思いが、この伝統の一戦に見事に集中するのである。試合終了後、夫々の応援団がお互い相手校の応援歌、校歌を歌いエールを交換するくだり、遂にクマゴローの目に涙が溢れた。
180px-Suishu_Tobita.jpg野球部合宿所にぶら下がっていた『一球入魂』の掛け軸。これは飛田の言葉である。戦死した多くの部員達はこの一戦を今生の思い出として散ったことであろう。後日、「学生野球の父」として殿堂入りする飛田穂洲である。クマゴロー学生時代、飛田の名はもちろん知ってはいたが、その人となりや伝統の早慶戦の由来などは今回初めて知った次第であった。
石坂浩二のスマートな小泉信三と対照的に、柄本明扮する飛田穂洲が見事であった。いかにも野暮ったく田舎臭いが、「こって牛」の如き重さと力と愛情を体全体に詰め込んだような演技が素晴らしかった。
星野ジャパンも北京に出かける前にこの映画をみておれば、あんな無様な負け方はしなかったのではなかろうか、と残念な思いがする。
(Aug.31)


未分類 | 00:16:07 | Trackback(0) | Comments(2)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。