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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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巨匠と虚匠
欅赤らみ上野は今や芸術の森

ワイングラスを持つ娘上野の東京都美術館で「フェルメール展」を観た。これ程計算し尽くされた完璧な構図と光と影の表現を見た事がない。「デルフトの巨匠たち」と銘打たれた同時代のオランダ・デルフトの画家達の絵と合わせて全部で40点の展示であったが、フェルメールの前にはやはり影が薄く感じられる。
東京と言うところは何だか怪物のような街である。一年中何十箇所もで何かを催している。絵画だけでなく、書・彫刻・演劇・音楽・公演・・・等どんな趣味にも膨大な受け皿が存在する。それらを享受する気になれば有り余るほどの恩恵を蒙ることが出来る街なのである。クマゴロー、普段はもっぱら銀座近辺の画廊の個展やグループ展巡り、もしくは上野・六本木の展覧会に行くことが多い。洋物を観ることは少なく昨年のモネ展以来であるが、こう言う天才画家の逸物はやはり感動を覚えるものである。

話は変わって、世界は今金融恐慌の最中にあり、格差社会と言われるように生活に苦しむ人たちは確かに多い。世間には「年金を使って趣味や遊びばかりに呆けるでない。何か社会に貢献しなければそれは単なる穀つぶし」と苦々しく言う輩が居る。本当にそうか?クマゴローは決してそうは思わない。それはその人の人生観あるいは生甲斐であって、他人にそれを言うのは傲慢と言うものだと思っている。自分に何が出来るのかと考えない訳でもないが、何かやった気分になってもそれはただの偽善に過ぎないかもしれない。
皆夫々の運命に従って真剣に生きているのだ。
そもそも「生甲斐」とは何か?猪谷六合雄(千春の父)は著「雪に生きた八十年」の中でこう言っている。「人間が生甲斐を感じるのは、興味、意欲、張り合いといったような心の動きの、ある程度大きい時だと思う。生甲斐とは何でもいいから次から次へと、やってみたいことが、続いていくことではないだろうか」と。又、精神医学・心療内科の権威金子満雄著「親がボケれば子もボケる」にこうある。「感性とは心豊かに人生を楽しめる能力」「趣味とは余暇の遊びではなく、生き甲斐そのもの」「生き甲斐は苦労して各自が作り出すもの」等々名言が多い。全く同感であり、彼ら先輩は心を強くしてくれる先達である。
健康で周りの人たちに対し何かしらの刺激的存在であること、これが大事な事だと認識している。これからも大いに趣味と遊びに呆けたいものである。

不忍池「フェルメールとデルフトの巨匠達展」で棒の様になった足を引きずりながら、上野の森を抜け不忍池にぶらりと出た。池のほとりのベンチに腰をおろし秋の夕風に当たりながら、ポケットから葉書大のスケッチブックを取り出し、簡単なスケッチをして気を休める。頭ごなしに覗き込む幾つかの気配をものともせず、自分の世界に集中する。我は「国分寺の虚匠」なり。
今日も楽しい一日であったわい。 (Oct.29)


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未分類 | 23:49:00 | Trackback(0) | Comments(2)
鬱々なり
空青く雲白しされど人の世は鬱々と

10月初めの利根川源流は紅葉にはチト早かった。半ばの那須高原もイマイチ、八ヶ岳山麓はそこそこの色づきであった。明日からの山中湖はどうであろうか?青空の下、頂に雪を冠った富士を見ながら・・・紅葉はさて置きテニスの方が忙しいに違いない。奥日光や尾瀬は別格として、紅葉はこれからが真っ盛りを迎える。
クマゴローのゲージュツ活動(?)も益々忙しい???。11月の国分寺市民文化祭美術展、並木公民館祭。来年に入ると早々に人物デッサンG展、水輪会展、GWに開催を企画中の平川水彩画教室展と続き春が終わる。この最後の展示会は世話人を引き受けたものだから、これまた肩に重い。何年やっても「お絵描き」の域を出ず、およそ「絵画」と呼ぶには程遠く、本人自身そこまでは望むべくも無い、と自覚しきった才能の持ち主としては少々はしゃぎすぎの感がある。金ばかりかかって多くも無い年金がアワと消える姿に少々焦りを感じながら・・・。それでもこの消費活動は蚊が耳元をかすめるくらいには世の役に立っているのかも知れないのだ!

たまにスーパーに行ってよくよく観察すると、全ての商品が恐ろしく値上がりしているのに仰天する。3、4割アップはざら。諭吉先生がすぐに居なくなる道理である。時まさに歴代首相の中で一番の富豪君。埋蔵金を取り崩して1兆円ばら撒くぞ!と6万円程度の減税。それも一過性で、無いよりマシとは言え1兆円は庶民にとってはほとんど気が遠くなるような金額だ。 もっと効果的な使い道は無いものか。
このところ選挙目当ての施策が路上販売よろしく並べられる。‘庶民的なホテルの安バー’で本人にとっては焼酎並みの高級ブランデーをあおりながら考えた施策。それでも恐くて解散出来ない。素描(Sep.12.08)世界中恐慌におびえる中、「日本の景気は悪くない」などと世のヒンシュクを買うような軽口。それでも消費税アップの布石だけは打つ。医療費は抑えます、年金も半分国で負担します、高速料金も半分にします、その代わり消費税は20%以上いただきます・・・但し無駄を省くことだけは出来ませんが・・・。
これでは年金は手元に残るどおりは無い。クマゴローのゲージュツ活動も終焉を迎えるのだ。
宝くじに当ると殺される。ゲーセン感覚運転でゴミのようにひき殺される。日本の超一流(?)病院がこぞって妊婦を見殺し。「都が悪い」と言われれば返す言葉は「責任は国に有り」。社保庁は底なし沼・・・まさに無責任時代。語るも地に落ちる事ばかり。神も仏もあるものか!鬱々なり     (Oct.24)


未分類 | 00:33:19 | Trackback(0) | Comments(0)
森の守護神
秋を待つ森の番人ブナ林

ブナ林3.1一年ぶりに取って置きのブナ林を訪れた。10月1日、紅葉は如何な具合か?と危ぶみながら・・・。
矢張り少し早かったようだ。ただ、ブナの大木に纏わり付く蔦は既に赤く色づき、ブナの葉も上のほうから黄色に変わっているのが目撃され、今年初の紅葉林を見た気分になれたのは救いであった。

ブナ林に一歩足を踏み入れると、何時も何だか不思議な気分に襲われる。大樹の中を流れる水の音が聞こえてくるような、ささやきが漏れてくるような、樹が語りかけてくるような・・・そんな気がしてくるのである。その感覚は他の樹林、例えば杉や松の林、カラマツ林、白樺林などではおよそ感じることの無い感覚である。樹肌は像の足のように苔むし、悠然と蔦を絡ませ、空を覆うように枝葉を広げて、人も動物も包み込む。この下に居れば生き物は安全に守られるような、そんな錯覚に襲われる。まさに森の母であり守り神のような樹。それがブナの林である。ブナ林を大事に守り、ここで作られた清らかな空気や水を、ずっと守ってゆきたいものだ。
(追伸)6日の中国メディアより「北京の昨今」
五輪関連施設は観光名所の故宮博物院や万里の長城を上回り、北京で最も人気の高い観光スポットとなった。然し大気汚染や交通渋滞も五輪開催前の劣悪な水準に戻ってしまった。五輪後の北京が“素顔”に戻るまで時間はかからなかったようだ。

彼らにはブナ林の素晴らしさや有難さは到底理解できるものではあるまい。       (Oct.7)


未分類 | 21:28:41 | Trackback(0) | Comments(2)

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