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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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神のご供物
いにしえは神の食事の穫れどころ

ところは千代田区神田須田町。
23日勤労感謝の日、水彩画仲間たちと街角スケッチに出かけた。晩秋の比較的暖かい日中であったが、油断は出来ない。こう言う作業で一番重宝なのはテニスウエアである。
JR神田駅北口を出て靖国通り方面に向かう。途中幾つかのポイントはあったが、記憶の片隅に残したまま靖国通りの陸橋を渡り須田町一丁目にある「六文そば」へと向かう。ここが今日のお目当てのポイントなのだ。祭日で街は閑散としておりスケッチにはもってこいの環境のはずだったが、肝心のそば屋の5差路交差点では工事の真っ最中。何が勤労感謝だ!しばらくして幸いにも工事用トラックが移動してくれたので、そこに座り込んで描くことにした。街角スケッチは行きたいと思いながらもつい億劫になり、かなり以前に青梅の市街地に行ったきりで、それ以来2度目である。

同行のベテランさんは昼過ぎにはさっさと2枚を仕上げてしまった。2枚とも見事な出来栄え。
神田須田町こちとらと言えば自分の腕の無さにぶつぶつ不満をつぶやきながら、不完全なまま店仕舞い。「雰囲気は出てるよ」と言う慰めの言葉に気を取り直して、後は皆で上野の森へ。そして今日の仕事はこれで終了。
「神田(しんでん、かんだ)」の名は八世紀律令時代から有ったようで、読んで字の如く神社の持ち物だったらしい。ここの神はやはり神田明神か・・・。神戸(こうべ、かんべ、かべ)と同様全国あちこちにあるそうだ。田舎の神に供するのに「そば」は合っている。電柱に「甘味処竹むら」の案内がある。遠くには「牛めし」の看板も見える。神は牛は食わなかったと思うが・・・。
やはり神田は食の街。
この辺りは谷中と同様大空襲の被害に遭わなかった数少ない場所のひとつだ。ビルの谷間の古い木造がかつての雰囲気を残していて嬉しい。 (Nov.23)


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未分類 | 11:53:15 | Trackback(0) | Comments(0)
又もや巨匠
芸術の秋もいよいよ深まれり

先日のフェルメール展に続き、再び洋物絵画展に出向いた。今回は水彩画の巨匠である。それも、極め付きの大巨匠、アンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth)「創造への道程(みち)」展。
恥ずかしながら、つい最近までワイエスと言う名を知らなかった。絵画仲間の上級先輩が「目標としたい画家はワイエスだ」と言う話を又聞きし、ヘー、YS11なら知ってるが、そんな画家は知らねえやと聞き流していたのだが、その後その名声・作品等々を知るに及んで、絵筆を持つ者の端くれとして我が不見識に赤面する次第となったのであった。

クリスティーネ-Postersワイエスはペンシルバニア生まれ。23歳で最年少のアメリカ水彩画協会員に選出され、昨年はブッシュ大統領より芸術勲章を授与された91歳の現役画家である。
展覧会場で一枚の絵を見た時、オヤッと思った。何時か新聞で見たことのある絵だったのだ。それは「クリスティーネの世界」と題する何の変哲も無い枯れた草原の絵であった。やや登りの草原の頂上には、みすぼらしい木造の建物が二つ。坂の下からは一人の手足が不自由とおぼしき女性が必死にたどり着こうとしている。その姿からは何とも言えない感動が伝わる。一人で生きようとするひた向きさは絵の大半が草原で占められ、空は八分の一位しか描かれていない構図からも窺えるのである。「ああ、これはワイエスの絵だったのだ。道理で記憶に残るはずだ。これを名画と言うのであるか」と始めて気がついた。
彼の道具は、鉛筆・水彩・ドライブラッシュ・テンペラ(顔料に蒸留水と卵黄を混ぜ合わせた絵具)である。完成に至るまでの何枚もの習作を含めた展示は、厚みのあるものであった。かなりの点数が展示されていたが、どれを見ても衝撃的で感動的であった。生憎寒くて小雨模様であったが、熱く感動した一日であった。
12月23日まで渋谷・文化村ザ・ミュージアムで開催中。 (Nov.12)


未分類 | 01:08:51 | Trackback(0) | Comments(0)
最後の柿描き
名残惜し永き命を終えし柿

国分寺の一軒のお宅の庭に、齢40数年の10メートル以上もの大きな柿の木がある。名を次郎柿と言う。毎年大粒の実を枝一杯たわわにぶら下げる。秋の日差しを受けた艶やかなその姿は見事である。その幾つかが毎年クマゴローの玄関先に届けられて20年近く経過した。だが、それも遂に今回で最後の年を迎えることとなった。悲しいことに切り倒される運命となったのである。

そのお宅とは、IBMの大先輩でありクマゴローをテニスに引きずり込んだ張本人、片野敏郎氏邸。もう40年も昔に線引きされた計画道路の建設がいよいよ間近に迫って、立退きを余儀なくされることになったと言う訳だ。件の柿の木は、氏が家を新築した時に記念に植えたものだとの話。
毎年背丈が伸び、その間中片野一家の成長と変化を見続けて来たに違いない。そしてその都度柿の実も増え続け、家族も知人をも喜ばせて来たのであろう。土地収用の話も詳細の詰めを残して纏まったようだ。テニスその他で懇意にして戴いてきた片野婦人は、残念なことに先程9月はかなき人となられ、49日の法要が終ったばかりである。十分に伸びた柿の木も、ここまで見届ければ役目は終ったと、ホッとしていることであろう。

片野柿さて、クマゴローは20年ほど毎年のように、枝付きを含め30個程度は恩恵を受け続けてきた。水彩画をやり始めて5年近く経つが、枝振りの良い奴は先ずはモデルとなり、それからクマの胃に納まる。ただ今年に限っては「記念(?)に」と思い氏の自宅まで押しかけ、遠慮なく枝を折りまくった。誠に僭越ではあるが、迷宮(?)保存版として提供できればこれに勝る光栄はない。恐らくご本人は迷惑至極であるに違いないが・・・。
先ずは葉書に描いた。そして、「片野柿」と名付けた。 (Nov.7)


未分類 | 00:33:34 | Trackback(0) | Comments(0)
天を突く岩
紅葉にそそる奇岩は天を突き

作家深田久弥が「針葉樹の大森林からまるでニョキニョキと岩が生えているような」と表現した岩山。それは日本百名山の一つ、瑞牆山(みずがきやま)である。みずがき山スケッチ

山梨県北杜市須玉インターから増富ラジウムラインに入る。増富温泉は日本有数のラジウム含有量を誇る山間の小さな温泉郷である。数件の宿屋群を抜けて細い山道を進むと、アッと驚く紅葉の林に突入する。ブナ林もある。道に沿って流れる渓谷はこれまた見事の一言に尽きる。奥利根の「照葉峡」も毎年出かける名峡であるが、ここ増富ラジウム温泉峡の渓谷美はそれに勝るとも劣らない。遠く奥入瀬まで出かけるには及ばず・・・の感激であった。
頭のてっぺんから足の先まで紅葉に浸かりながら山奥に突き進んで行くと、見えてきた見えてきた。何とも奇妙なそして天を突くような、凄まじい程に岩が重なりあった万丈の山波が・・・。これが目指す「みずがき山」だ。言葉では形容しがたい異様である。金峰山(きんぷさん)から奥秩父へと続く標高2、230mの名山。全山が黒雲母花崗岩で出来ているらしい。
絵心を誘う。描いてみた・・・ダメだ。この恐ろしいばかりの圧迫感を表現するのは「国分寺の虚匠」にはちと荷が重い。いずれじっくり腰をすえて大きく取り組みたいものだ。
今年の紅葉は出来が良いらしい。標高千メートルを越えるとこの2?3日が勝負。千メートル近辺であと一週間か。里は半ばから月末、これからは多摩の紅葉を楽しむべし。 (Nov.3)


未分類 | 18:59:37 | Trackback(0) | Comments(0)

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