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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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年末私感
チュウ公はこれ位にしてモウ一年

23日は天皇誕生日である。
昭和天皇と言いヒゲの殿下と言い天皇家は癌の家系のようだ。今上天皇もこのところ体調がすぐれない様子だが「公務」と言う行事が多すぎるのではないか。天皇の立場ともなれば言葉一つ一つに細心の注意を払われることであろう。我々一般人が考える以上に神経をすり減らすものかもしれない。もういい加減楽にさせてあげれば良いものを・・・と同じ人間の立場で思うのである。

つい先だって思いがけず「天皇制とニッポン文化の超克」(明石書店)と言う新書本が送られてきた。著者は高橋幸吉。懐かしい名前である。幸吉君は長崎の高校の柔道部出身。大学時代、社会思想研究会の猛者であった。早大文化団体連合会(分連)の常任委員として一年間同じ釜の飯を食った仲である。彼は事務局長、クマゴローの役職は・・・まあ立場はいいとしよう。彼は世の中の根底から物の見方を教わった思想家の一人であった。
受験戦争と言う一点凝視の長く暗いトンネルを通り抜け、やっとのことで広い世界に出た時戸惑った。どう過ごせばよいのか分からなくなったのである。それまでは自分の目線・視点からのみ世界を眺めていたが、自分の主体の何たるかが実は分からなかったのである。そう言う時に社会の側から自分を見る視点、所謂「視点の逆転」に手を貸してくれた友人が何人か居たが、幸吉君はその中の一人であった。そう言う意味で忘れがたい存在である。ただ、卒業後図らずも米国資本の会社に勤め、右肩上がりの経済成長の担い手の一人となったクマゴローなぞは、彼の目から見ると全く評価できない存在ではあろうが・・・。
件の新書本に目を通した。途中斜度45度くらいの傾斜を保ちながら一気に読み上げた。しっかりした歴史観と宗教観の中で天皇の存在が捉えられていて流石である。論旨の足元に揺らぎが無い。その中では梅原猛や愛読してきた司馬遼太郎の歴史観なども一刀両断で小気味よい。「『今』を『歴史的な今』としてどう捉えるか、それを我々はやってこなかったのではないか・・・」、昔の口調を思い出して懐かしくなった。
氏は語る。幕末西郷が「攘夷を唱えたのは、幕府が開国と言うので方便として反対路線をとった」と後に語ったと言う。即ち倒幕の戦略としただけであった。一方佐久間象山の主張は明確である。「一旦開国し国力をつけた後攘夷(窮極の攘夷のための開国)」と言う。攘夷即ち蛮人を退治すること。後の歴史はその様に動く。「富国強兵」の結果、日清・日露戦争までは攘夷が成功。ただその行き着いた先が満州事変に始まる15年戦争。結局窮極の攘夷はならず手痛い完敗を喫した。
日露戦争までの日本は良かったが、その後の軍部の腐敗と独走により駄目になった、などと言う訳では決して無い。その中で一貫して天皇の果たした役割は大きいと。戦後国体護持の為として天皇制を残したことにより、戦争責任の歴史的総括が極めて不十分なものになったと。永久にナチを追求すると決めたドイツとの違いは際立っていると。
氏の論調には同調できるものが多い。日本文化と日本人の精神構造の醸成において天皇の存在が果たす役割は多大である、と言うより世界に類を見ない特異性がある。ただそれ故に民衆の側からの民主主義が成育できないで来たのも事実であろう。
現在天皇制を廃止にまで追い込むのは実質無理な状況であろう。ただそうは言っても、万世一系だの男子相続だの女帝は婚姻できないなどやはり一般国民とは別世界に居ることも事実である。「大嘗祭」と言う祭祀がある。これは天皇即位のための宗教的儀式であって、別の言い方をすれば「現人神」になるための儀式である。これは天皇家だけの秘密の儀式であってこれに税金を使い国家的行事とすることは政教分離にもとっている。現にカソリック教団からは総理大臣に抗議書が出されている。
政治家は皇室典範の改変問題でも分かるように、これこそ手を突っ込みたくない問題に違いない。とは言え矢張り何時かは皇室と言う神道家族が全国民に本当に必要なものなのか、「シンボル」なるものが無くてはならないものなのか、を真剣に国民として問い直す必要があるのではなかろうか。今上天皇の苦悩を見るにつけそんな気がするのである。
以上幸吉君の著書を読んでの年末私観である。                  (Dec.23)


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未分類 | 00:47:55 | Trackback(0) | Comments(0)
平成の人柱
自民バブルよく経済バブルを救えるか

麻生太郎(68歳)、今をときめく日本国総理大臣。先祖に大久保利通・牧野伸顕を頂き、祖父に吉田茂、義父に鈴木善幸、義弟に寛仁親王を持つ、押しも押されもせぬ血統書付き御仁である。
3代前小泉純一朗は郵政解散後の総選挙で圧倒的勝利を得て「小泉劇場」を開演。結果的には自民バブルを演出した。言の葉よろしく「米百俵の精神」を持ち出した。長岡藩大参事小林虎三郎は米の分配を藩士に我慢させ、教育につぎ込み優秀な人材育成に当て、見事に実った。しかし「小泉米百表」では我慢させられたのは年金と高齢者健康保険であり、おあとはよろしくと安倍普三に放り投げてさっさと雲隠れ。
その普ちゃんは神経衰弱で敵前逃亡し参院選惨敗。そしてバブルは崩壊。次の福田康夫も又哀れにも自爆。続く総理はかの御曹司太郎君。バブルの申し子だ。おりしも米国サブプライム破綻による住宅バブル崩壊は全世界を金融恐慌に陥れ、日本も又その渦中にある。太郎君、世界のどこよりも早く立ち直ると必死の形相で戦っているが、果たして自民衆院バブル政権が経済バブルを救えるか?
「麻生米百表」を今度は本当に全国民にばら撒く気になった。だが国民は気づいている、これは政策ではないと。失業対策、企業倒産防止対策、老人医療、緊急医療対策、エネルギー対策・・・2兆円と言う気の遠くなる税金を重点的に使える目標はいくらでもあるはずだ。
「綸言(りんげん)汗の如し」。「綸言」は君子の命令の意。君子の発言は一度口にすると取り消すことができない。汗が元に戻らないのと同じ。しかし我が太郎君の血統書付き汗は何時でもすぐに戻るらしい。今や自民政権はその復元力を無くしたかに見える。体制は本当に壊れっぱなしになりそうな気配である。
旧幕藩体制をぶっ壊し、暗殺され、維新の礎となったご先祖の子孫は、平成時代の人柱となれるかも知れない。
歴史は繰返す。請うご期待。時おりしも開戦記念日である。(Dec.8)


未分類 | 09:49:04 | Trackback(0) | Comments(0)

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