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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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仏の里
初蝉に耳傾けて磨崖仏

大分県国東半島は「仏の里」と言われている。古くからの山岳信仰が奈良から平安時代にかけ天台宗の寺院の形をとり、宇佐神宮の八幡信仰と融合し、神仏混交のルーツとなった。国東一帯には末寺を入れると何百と言う寺があり、総称して「六郷満山」と呼ばれる。その総寺が両子寺(ふたごじ)で、半島の真中に位置する。国東には「国東塔」と呼ばれる独特の様式の石灯篭が大小幾多もあって、旅行く人を楽しませてくれる。
国東半島に限らず大分県全体が仏の国である。寺・石仏・磨崖仏・板碑がこれほど多く点在するのは日本広しと言えどこの豊後の国の右に出る所は無いであろう。今回は何十年ぶりに臼杵に足を運んだ。臼杵城址ここでの目的は戦国大名大友宗麟が作った臼杵城址に行くことと、磨崖石仏群のお顔を拝むことであった。司馬遼太郎の大友宗麟によると、この臼杵城は海岸から突き出た小山に在り、満潮時には道が海水につかるとあったような気がしたが、今は海岸線からはかなり遠い。杵築の奈多八幡宮司の娘で、バテレンの宗麟を徹底的に嫌い対決したという猛妻から逃れ、小さな臼杵城で心を安らげたとあったが、その城とはどんなものか見たかったのである。険しい崖の上に立つ城址は確かに小さな出城であった。宗麟はここで豊後灘を見下ろしながら心安らぐ日々を送ったに違いない。
方や有名な国宝臼杵石仏。市内からしばらく郊外の田圃を走る。平安時代から鎌倉時代にかけて、凝灰岩の大岩に彫られた磨崖仏群である。全部で60余体あるらしいが、そのうちの59体が国宝と言うからすごい。中でも一番のお気に入りはこの大日如来。

臼杵石仏大日如来以前訪れたときには、頭が落ち足元にころがっていた。7?8年前に遺跡全体の修復作業が終わり、その時戻すかどうかの大論争の末、如来様の頭を元の位置に挿げ替えたとの事。足元に転がされた如来様の頭を上から見下ろすよりも、やはり本来の場所の方が良い。
梅雨の晴れ間の、何とも間延びしたような空気の中の田園豊かな山村である。
有るべき場所に頭の戻った如来様は心静かに蝉の声に聞き入っているが如き風情であった。
(Jun.4)

(注)磨崖仏=岩に掘り込まれた仏像。
    板碑 =岩に彫られた塔婆

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未分類 | 22:36:00 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
大日如来の絵、すごいですねぇ~。
感激しました。
こんな素晴らしい絵が描けるなんて、クマゴローさんはタダモノではありませんね。
2008-06-19 木 00:07:21 | URL | hanako [編集]
hanakoさん
過分なお褒めの言葉・・・「タダのモノ」が感涙に咽んでいます!
このデッサンは、サインの大きさで分かるようにポストカードです。
20分くらいでいい加減に描いたものです。
まあ、旅先で立ち止まってチョイとデッサン、淡彩でサッと・・・
なんてのも良い記念になるものですよ。
2008-06-19 木 00:50:53 | URL | クマゴロー [編集]
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