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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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最後の柿描き
名残惜し永き命を終えし柿

国分寺の一軒のお宅の庭に、齢40数年の10メートル以上もの大きな柿の木がある。名を次郎柿と言う。毎年大粒の実を枝一杯たわわにぶら下げる。秋の日差しを受けた艶やかなその姿は見事である。その幾つかが毎年クマゴローの玄関先に届けられて20年近く経過した。だが、それも遂に今回で最後の年を迎えることとなった。悲しいことに切り倒される運命となったのである。

そのお宅とは、IBMの大先輩でありクマゴローをテニスに引きずり込んだ張本人、片野敏郎氏邸。もう40年も昔に線引きされた計画道路の建設がいよいよ間近に迫って、立退きを余儀なくされることになったと言う訳だ。件の柿の木は、氏が家を新築した時に記念に植えたものだとの話。
毎年背丈が伸び、その間中片野一家の成長と変化を見続けて来たに違いない。そしてその都度柿の実も増え続け、家族も知人をも喜ばせて来たのであろう。土地収用の話も詳細の詰めを残して纏まったようだ。テニスその他で懇意にして戴いてきた片野婦人は、残念なことに先程9月はかなき人となられ、49日の法要が終ったばかりである。十分に伸びた柿の木も、ここまで見届ければ役目は終ったと、ホッとしていることであろう。

片野柿さて、クマゴローは20年ほど毎年のように、枝付きを含め30個程度は恩恵を受け続けてきた。水彩画をやり始めて5年近く経つが、枝振りの良い奴は先ずはモデルとなり、それからクマの胃に納まる。ただ今年に限っては「記念(?)に」と思い氏の自宅まで押しかけ、遠慮なく枝を折りまくった。誠に僭越ではあるが、迷宮(?)保存版として提供できればこれに勝る光栄はない。恐らくご本人は迷惑至極であるに違いないが・・・。
先ずは葉書に描いた。そして、「片野柿」と名付けた。 (Nov.7)
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