■プロフィール

悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

■最近の記事
■最近のコメント
■リンク
■最近のトラックバック

■カテゴリー
■月別アーカイブ
■全ての記事を表示する
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■フリーエリア

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
年頭雑感
御仏の慈悲にすがりて冬木立

現役時代の上司であったT氏より一通のメールが届いた。曰く「毎月1、2回楽しみにしていたブログ悠山日記がこのところ停滞しているが如何お過ごしか?」いや、まさかこのような隠れフアン(?)が居たなどとは・・・予期せぬお言葉に恐縮すると同時に氏の慧眼に敬服。確かに昨年11月23日以降アップしていない。例年ならば年末の締めと年始の挨拶文は欠かさないのだが、このところの乗りの悪さを露呈してしまった。
その言い訳は後述するとして前置きを一席。

一昨年の秋口より左足の母指関節が腫れ、痛みをおぼえる。当初は気にもせずテニスにも支障を感じなかったが、いつの間にか小指関節、右足母指関節と広がるにおよび靴を履くにも苦痛を感ずるようになった。「その内なおるさ」と冬にはスキーに出かけたが、足が腫れていて硬いスキー靴が履けない。無理やり押し込んだが激痛が走る。兎も角その日は痛さを忘れ、変化にとんだ2キロのロングコースや女子国体コースなどたっぷりと楽しんだ。だがそれが限度だった。翌日はあえ無くリタイヤの憂き目に。テニスもほぼその時期には月に1度位のペースになっていたようだ。それも足を引きずりながら。その痛みは尋常ではなかった。朝ベッドから立ち上がれない。その内突然膝に来て階段の昇り降りが出来なくなった。手首や手の親指の関節に来た。痛くて一枚の紙がつまめない。パソコンのマウスも操作出来ない。勿論絵筆を持つのもやっとの有様である。その痛みは日によって強弱あり、さらにあちこち移動するのである。流石強気でのん気者のクマゴローも焦った。「ただ事ならぬ!」と整形外科に駆け込むが一向に埒があかぬ。医者を変えること4人。

ある時知人を介して強い霊能力を持つ不思議な女性に出会った。彼女は森の中の広い敷地に大きな美術館を持っていた。三階あるその建物は彼女の絵と信者からの贈り物で飾られていた。モチーフは花鳥風月、自然で柔らかい色調の水彩画である。何とも穏やかな癒し系の絵を見ているうちに心が和んでくる。彼女はクマゴローをソファに座らせ、自分は膝まづいて両手で痛い足を柔らかく包みこみ長い間揉んだりさすったりして「氣」を送る。膝から下がカッと熱くなり痛みが和らぐ。助かった!と思った。「先生、テニスはどの位で出来ますでしょうか?」「そんな野暮な質問はしないで」「・・・・(無言)」。恐らくそんなに単純な症状では無いと言いたかったのであろう。日を変えて再度訪れた。1時間も2時間も足を揉んでくれた。その間ずっと前世の因縁話をし続ける。それは今まで聞いたことの無い不思議な話であった。TV「オーラの泉」にレギュラー依頼があったが断ったため江原啓之にお鉢が回ったのだとも言う。「霊水」を頂いた。「氣」を込めたハンケチを巻いておくようにとそれも頂いた。診察代金などは一切要求しない。「地獄に仏」とはこのことだと思った。藁をもつかむ精神状態であったことは確かである。兎に角有難かった。
今思うに軽い催眠状態だったのだろうが、あのまま通い続けると霊の世界に入り込んでしまっていたかも知れない。だがしばらく経って「これは危ない!」とハッと正気に返った。沈着冷静なクマゴローの理性が勝ったのだ。病気をきっかけに宗教に入るのはごく一般的である。また、美術館は宗教の入口であるとも言う。クマゴローの一番忌避する世界である。大仏

医者探しが続く。遂に専門医と出会った時には心底嬉しかった。
病名『膠原病・関節リウマチ』・・・だと!更に少しずつ骨が破壊され始めているのがレントゲンで確認された。膝に水が溜まって痛くてかなわぬ。週に一度水抜きに行くと50CCも溜まっているのである。鎮痛剤を毎日飲みながら長期治療が始まった。「氣」が萎えること甚だしい。テニスは言うに及ばず絵を描く気力も文を書く気力も失せてしまった。毎日ゴロゴロ転がっているのが一番楽である。調子の良い日には頑張って映画館に行く。駅のエレベーターの有難味が良く分かった。
特効薬の投薬を始めて2ヶ月程で効果が出始めた。膝の水も溜りが遅くなってきた。昨年10月頃には痛みは残っているものの通常の生活にはほとんど支障を感じないまでに回復してきた。そうなると落ちた筋肉や溜まった脂肪を何とかせねばならないと言う気分になりリハビリを開始。絵を描く気力も出てきた。リハビリ程度のテニスを・・・などと言う横着な気分にもなって来た。我ながら現金なものだと言う気がする。

以上が事の顛末である。昨年末からは春の展覧会に向けて40号の大作2枚の制作に取り掛かった。又来月からはテニスも緩やかに復活する積りである。ただ、足の痛みは完全撤去ではない。多少の痛みは常時感ずるのである。よって薬は止められない。この病は恐らく一生物であろう。これからもずっと上手く付き合って生きて行くような気がする。ただ一時の狂ったような日々を思うと別世界の気分である。それにしても特効薬の無かった時代、この病にかかった人たちの痛さと辛さと絶望感はいかばかりであったか、想像するに余りある。
初詣は鎌倉鶴岡八幡宮と長谷の大仏様にお参りし、今年の「健康」を祈願した。
(Jan.18.2010)
スポンサーサイト


未分類 | 11:43:30 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
大変でしたね。
どうなさっておいでかと心配していましたが
少しずつ回復のご様子で安心しました。
「一病息災」と云いますから、ボケっとしか
生きていない私より長生きなさいますよ。
くれぐれも無理をなさらず、ゆっくり前に
進んでください。
2月にお会い出来るのを楽しみにしています。
2010-01-20 水 17:09:31 | URL | hanako [編集]
hanakoさん
コメント有難うございました。
昨年は大変な年でした。
まあ、だましだましではありますがテニスも出来るようになりました。
絵にも気合が入るようになりました。
その内下北沢にも気合を入れて参加したいと思っています。
来月はお目にかかれることを楽しみにしております。
2010-01-20 水 19:26:51 | URL | クマゴロー [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。