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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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光と影
世の中は影ありてこその光なり

「明と暗」「光と影」「光と闇」「陽と陰」「表と裏」「善と悪」「白と黒」「富と貧」「強と弱」、いずれも対義語(反対語)である。方や良しとされ、此方悪しと思われるのが世の通常の感覚で、クマゴローも敢えてそれに異議を唱える者ではない。何故ならばそれが全く無難な善悪論であるから・・・・。

YGAYA(Jul.8.2007).jpgただ、明にしろ光にしろそのうしろに暗や影があって初めて出現し得るものである。光自体は自らを表現しない。光を表現するには如何に影を表現するかに尽きるのである。陰影の強弱や向きが光の強さや方向、質感・材質、その物の形全体や置かれた状況全を物語る。これらは全部影の成せる技である。デッサンをやると、この意味が実に良く理解できて面白い。
物体に線はない、あるのは面のみと言ったか言わぬか、「光と影の画家」レンブランドの影の使い方が素晴らしいのは周知の事実。ペンシル画家木下晋の「生の深い淵から」を、知人から借りてめくったとき寒気を覚えた。人の歩んできた道、心の内、色までも感じる迫力に圧倒された。
世の中光の当たっている人は大勢居るが、後ろに影になる人が必ず居るものである。早い話、相撲の白星は同じ数の黒星がある。富者や強者が大きな顔を出来るのは、その裏に貧にあえぐ弱者が居るからである。
お蔭さまで・・・」と相手に謝意と敬意を表すのが、麗しき日本の文化である事は言を待たない。
影・暗・陰・裏・闇・・・の存在に感謝の気持を持たなくなると、人は傲慢になるものであろう。金権亡者とはその「影(陰)」の存在を忘れた者のことを言う言葉だと言う気がする。            (Jul.9)
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未分類 | 13:20:15 | Trackback(0) | Comments(0)
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