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悠山柏州

Author:悠山柏州
姓はクマ名はゴロー、人呼んで悠山クマゴロー

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ご挨拶
挨拶はおもてなしの一歩なり

11月13日(金)にバラク・オバマ大統領初来日。
滞在時間僅か24時間であった。その後の中国には3泊4日の滞在らしい。「アジア歴訪の最初の訪問国」と米側は強調したとか。まあ何日居ようがそれは構わないが、何だか恩着せがましい。日米関係から言って太平洋を挟んで一番近い日本に最初に来るのは当然では、と思うのだが。

オバマそれはさて置き、オバマが宮中に天皇陛下を訪問した時、90度のお辞儀をした写真が米国内で悶着を起こしているようだ。曰く「日本人は満足しただろうが米国民には屈辱だ」と。確かに曲げすぎの感はあるが、余りに上から見下ろすのに失礼を感じたのであろうか。米国民にはこれが屈辱的に映ったようだ。
かつてマッカーサーが昭和天皇に傲慢な態度で相対したのに比べると比較にならない図である。しかしこれは日本の歴史と文化を畏敬するオバマの礼儀作法と受け止めたい。天皇も次はアメリカに行って丁寧な挨拶を交わしたいと思われたことであろう。

嘉手納一方同日のニュースに岡田外相が嘉手納基地を訪問した写真があった。訪問された側が一段高いところから頭も下げずに握手をする図。岡田は少なくとも一国の大臣で、米軍はたかが四軍調整官と言う肩書きだ。もし岡田がこれで屈辱を感じないのならおかしい。   
一体この二枚の写真の違いは何?
白人の有色人種に対する優勢意識と傲慢さの表れに他ならないのでは無かろうか。アジア人特に日本人は相手の立場、気持などを慮って自らを律する習慣がある。頭を下げる事は相手に敵意を持っていない自分を分かって欲しいと言うことの証明であるが、まあ慣習の違いもあるからそれはそれで良しとしよう。
一体に白人は世界で自分たちほどすぐれた人種は無いと思っているのは間違いない。特にアメリカその中でもWASP(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント)は、自分達に優位な状況で且つゆとりのある時には実に優しいお人善しな面を出す。しかし一旦その優位性に危機感を感じた時には、忽然として野生的な肉食人種の顔を表す。
鳩山首相が国際社会への第一声、「日米対等な立場で・・」と言った時のアメリカ人の驚きはいかばかりか。およそ今まで考えたことも無い出来事だ。イエスマン日本が突然牙をむいてきたとばかりに全米ジャーナリストが「両国間のかつて無い危機的関係」と騒ぎ始めたのである。まあこれが米国の素顔であろう。戦後日本が経済的にもアメリカに追いつき追い越し、肩を並べたはずだと思う向きもあろうが、それは独りよがりと言うもの。世界の覇者米国にそう言う認識は全く無い。
その昔聖徳太子が隋の煬帝に送った親書。「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや・・・」何と堂々たる物言いではないか。これを読んで煬帝は大い怒り無視せよと命じたが、翌年に外務省の課長補佐クラスを日本の天皇に表敬訪問に行かせたという。対等外交などもってのほかと言うわけだ。
今と似ていないか。
国際外交と言えども人と人との心の触れ合いが基本である。互いの立場を尊重し相互にもてなす気持を持ってこそ良い関係が生じるもの。最初から目を覗きこみ腹を探りあった挨拶からは結果もまた軽んぜられるに違いない。
最後に茶の湯の宗家、千利休の「おもてなし」のココロを付記したい。
もてなし
・相手の立場に立って相手の感覚を尊重し、相手の経験を豊かにすべく応える
・心に余裕を持ち、焦りや、それを相手に悟られることのないようにする
・相手の不快さや災難を抑え、一期一会を楽しめるように配慮する
・そうしたことによって、相手によりよい体験をもたらす

                                                   (Nov.17)


未分類 | 20:40:47 | Trackback(0) | Comments(2)
妖精の歌声
秋の夜に心の叫びしみわたり

秋の夜長。ここは人里離れた森の中の美術館。
一見教会を思わせる吹き抜けの高い三角天井が、薄暗く古風で落ち着いた雰囲気をかもし出している。正面の壁にはさして大きくは無いパイプオルガンが据えてあり、それが一層ミサの気分を感じさせる。周囲の白壁には版画の小作品が展示されたままである。
パイプオルガンを背にエレキギターの伴奏が静かに始まった。和服姿の彼女の少しハスキーな歌声が伸びやかに流れ始めた。ひょっとしてミスマッチな取り合わせかと心配していたが、一曲終って妙に雰囲気に溶け込んだヴォーカルであることに安心した。
続いて2曲、3曲・・・ほの暗い会場が次第に彼女の世界に変わって行った。

彼女の名は「酒井俊(しゅん)」、名うてのジャズシンガーである。
syun.jpg都内のライブハウスに何度か聴きに行き、その歌声に魅せられたものだ。彼女は歌手の前に詩人である。日本の童謡なども含めてジャンルは広い。ジャズの範疇を越えて観客に語りかけてくるのである。
ただ今回は全く場違いとも言える、違和感ある空間でのコンサート。そして今まで聴いてきた印象とは少し趣の違う、ソウルフルと言うかスピリチュアルな語りであった。顔の表情、目の語らい、手や指の仕草、体のこなし・・・五体の全てを使い、夜の妖精のように自分の世界に誘い込む。ノリのよいテンポで心の底からささやきかけて来るその美しい歌声は聴く者を魅了してやまない。そこには彼女の生きてきた人生の全てを現しているかのごとき魔力があった。

1時間のステージが終り、15分のティータイム休憩を挟んで45分のセカンドステージ。彼女は歌いまくった。約50名のリスナーはその2時間に夫々の人生を静かに振り返ったことだろう。
全てが終りホッと我に返って、横に並んで歩く彼女に「Sで何度か聞かせていただきました」と挨拶をすると、「あぁ、そうでしたか・・・」と嬉しそうに笑った。CDアルバムにサインをもらって暗い夜道を帰途についた。
心地よいコスモスの夜風が耳元をくすぐって通り過ぎた。                 (Sep.27)



未分類 | 20:50:50 | Trackback(0) | Comments(0)
面白き秋
面白きことの多けり9月哉

昨今のTV番組の貧弱で面白くない事この上も無い。安っぽいお笑い系かもしくは飽食な料理番組ばかり。せいぜいサスペンス・事件物だがそれも再放送が多い。金をかけたくないのが目に見えるようだ。
その中で一際面白いのが「政治番組」である。今程政治が面白い時代は無かったような気がする。「又騙された」「何か隠してる」「ふざけるな」と何十年不満を感じてきたことか。消化不良と不完全燃焼とフン詰まり・・・。ところが政権交代以降わずか1ヶ月で矢継ぎ早にくり出されるパンチやアッパカット、とび蹴り肘打ちなどの有効打に爽快さを感じる今日この頃である。古い呪縛的制度や政・官・財ガチガチの利権トライアングル、国民の血税を食い物にしてきた様々な仕組みが一つ一つ打ち壊されてゆく様に溜飲が下がる思いがする。
新政権になって初めて気がついたことは、長い野党生活の中で意外と多くの人材が育っていることである。与党を追い詰めるために相当の勉強や研究も積んだ様子である。腐敗しきった自民政権の下で煮え湯を飲まされ続け、政権を取れば俺ならこうするぞと言う熱い思いを押さえてきたのであろう。閣僚・幹部達の顔が輝き自信に溢れている。
それに引換え自民党の人材不足には改めて驚かされる。下野して以降は全く存在感が薄く、新役員選出にすら人材難である。政策や予算作成は全て官僚任せで権利だけを行使してきた彼らは、自力で政策を作る能力が喪失しているように見える。官僚の支援無しで新政権に立ち向かえるような政策立案が出来るとは到底思えない。そして余りにも負の遺産が多き過ぎる。新政策に反論し攻撃すればするほど、それは天に唾する結果となるであろう。蓋し、新政権は国民にとっては当たり前の施策を打っているのだが、それが実に新鮮に映るほど自民党は反国民的になっていただけである。かつて「政権公約などは守らなくても良い」と公言した首相が居たことを思い出す。国民との約束「マニュフェスト」を忠実に実行したいと言う民主政権の頑なさは評価に値する。
ただ、新政権も人の子であり政治家である。一枚板であるはずは無いし、権力的思惑も多々あるに違いない。曲者も多く早々と不協和音が聞こえてくる。又、施策を変えれば今まで恩恵を受けてきた部分にはマイナス面も必ず発生するが、そこに至る思想や経緯をオープンに丁寧に説明することだ。そうすることで揚げ足取りとスキャンダル的視点と「ほじくり趣味」で接してきたマスコミも、自ずと姿勢を変えざるを得なくなる。あのおバカな古舘伊知郎ですら最近の口調には変化が見えるではないか。
兎に角信念を持って、節操を曲げずにやって欲しいと心からエールを送りたい。   (Sep.30)


未分類 | 01:50:52 | Trackback(0) | Comments(2)
歴史の宿命
新しき時代が来るか夏の暮れ

一つの時代が終った。
敗戦による国土壊滅の修復から高度経済成長期を経て安定期に入り、世界第二位のGDPを誇るまでに国力は回復した。64年の長きにわたって日本国をリードしてきた保守政権。その間官僚組織もそれなりに機能したと言えるであろう。ただ、一つの権力が長きに過ぎると必ずや腐敗が進み、内部崩壊が始まるのは古今東西の歴史が証明している。確かにその興隆期には何人かの英邁も出現する。しかし、最盛期が没落のスタートでもある。そしてその後は腐敗、崩壊の混乱期を経て消滅するのが歴史の方程式である。鎌倉幕府、室町幕府、徳川幕府・・・どれをとっても同様。最後は政権が弱体化し、為すべき機能を全うせず内部から自滅の道を辿ったものだ。
思えば4年前小泉劇場がハチャメチャな公演を行い大騒ぎしたが、無責任な座長が舞台をほおり出してしまった。「入場料を返せ」と騒ぐ観客を持て余し、その後2人の座長がノイローゼ気味で舞台を下りた。sink2.jpg4人目の座長は片意地を張り見栄を切ったものの力量及ばず器にあらず、劇団員は勝手に芝居をし始めた。世間はこんな劇団にもう一度素晴らしい舞台など期待はしない。
「過去の実績を見よ」「我こそ継続なり」「責任力(?)は我にあり」「新しい奴ばらに何が出来る」と口をひんまげ、誹謗中傷に明け暮れ、悲痛な声で叫びながら沈み行くものなのである。何でこうなるの?自己分析と評価即ち総括などする余裕は何時の時代も無いのである。
あっけなくも劇的な幕切れであった。ただ新しい時代はすんなりとは実現しない。過去の負の遺産が大きすぎるし、新政権は経験不足である。反対勢力は未だ存命で、心地よい権力と美味な利権を失った亡者は巷に溢れている。今回国民は新政権の示すベクトル、ビジョンを選択したが、政権側も国民も相当の我慢と努力が必要となるであろう。変革実現の為に国民目線でどれだけ必死になっているか、その姿が評価できれば我慢もしよう。さもなくば短期政権とならざるを得ない。
いずれにせよ将来に希望を持たせてくれることを切に願うのみ。          (Aug.30)


未分類 | 11:59:55 | Trackback(0) | Comments(0)
やましき沈黙
空の青水の青にも歴史あり

やっと遅まきな夏がやってきたようだ。
64年目の終戦(敗戦)記念日、テレビでは各界著名人の「昭和20年の記憶」番組あり。白雲の浮かぶ紺碧の空をベランダから眺めながら、当時の国民の塗炭の苦しみと無念の気持を思いやる。
故郷北九州の空襲は6月15日?16日だったようだ。終戦の僅か2ヶ月前、クマゴロー3歳9ヶ月のぬいぐるみのように可愛いコグマであった。娘のやんちゃな次男とほぼ同年齢である。恐ろしい事にそんなチビにも戦時下の記憶が、何枚かのセピア色の写真として頭の中に焼きついている。
一枚目「灯火管制」。夜間敵機から見えないように電灯の光を隠す。我家では黒い幔幕を窓辺に張り巡らせていた。父親が外に出て光が見えないかどうか確認し、「よーし」と声をかける。
二枚目「防空壕」。空襲が始まった。恐らく夜中、母に「先に逃げなさい!」と叫ばれ、隣のサッチャンに手を引かれ防空壕に力いっぱい走る。記憶には無いが防空頭巾を被っていたに違いない。
三枚目「壕の中」。防空壕は崖をくりぬいた大きな洞穴であった。裸電球だかランプであったか定かではないが、橙色の明かりがつるしてあった。見知った人たちの顔が見えた。
四枚目「壕の外」。何事にも興味津々のコグマは壕の外が気になってしょうがない。大人たちに気づかれないようにそっと壕の入口に歩いて行き、首を出して夜空を見上げる。
五枚目「夜空」。綺麗な空だった。サイレンと爆音が鳴り響く中で数本の光の筋が夜空を左右に動いている。家の裏手の小山(石峰山302M)の頂上に高射砲陣地があり、そこの照空灯(探照灯)が敵機を探している。可愛いコグマは見とれていたが、危ないから中に入れと腕をつかまれ引き戻された。
六枚目「次の朝」。再びサッチャンに手を引かれ家に戻る。辺りの景色が変わっていた。4軒共有の井戸端を挟んだ手前2軒が完全に焼け落ち、我家の横壁は類焼でくすぶっていたが家は残っていた。母がツルベで水を汲み上げ父はバケツで必死に板壁に投げ上げている最中であった。家の真中にも焼夷弾が落ち床下まで貫通したが不発弾であった。
当時の父母の年齢は30歳。今考えると戦中戦後の親は実に強かった。食料不足の中、更に3人の男子を生み育てたパワーは恐るべきものである。その母も既に94歳。月日は経ったものだ。

先週NHKは「軍令部の反省会録音テープ」と言う番組を3夜連続で放映した。軍令部とは日本海軍の最高統括機関である(陸軍は参謀本部と言う)。未だ生きている海軍参謀達が集まり真実を語り反省し、後世に伝える事を目的に20年程前から百数十本ものテープに録音したものである。この番組で先ず驚いたのは目的とは裏腹に今まで公開しなかったことである。数少なくなった高齢者が死に絶える直前に、僅かに残った良心が公開に踏み切った様子であった。番組を見終わった時には何とも怒りがこみ上げ、空しく後味の悪い気持になった。
勝てる見込みの無い戦争にしゃにむに突っ走り、自分達の組織保全と面子を保つために国民に塗炭の苦しみを強いる。『志願兵』として自殺兵器回天で兵士を死地に向わせる容赦の無い作戦を遂行する。極めつけは極東国際軍事裁判(東京裁判)に於ける「裁判闘争」。海軍参謀達は事前に口裏を合わせ、悪しきは陸軍であり海軍はそれに引っ張られたと証言する。結果A級戦犯で処刑された7名は広田弘毅を除き全員陸軍関係者であった。さらに通例の戦争犯罪(B級)、人道に対する罪(C級)として処刑された者は何百人にも及ぶ。しかし、軍令部で処刑された者無し。かくして海軍は組織を守りきったのである。
反省会と言いながら、話すうちにやはり言い訳と自己保身が垣間見える。
誰もが本心では悪いと何処か思っては居る。但しそれを口に出しては言えない。言えば組織から抹殺される。而して流れに逆らえなくなる。そして正当化が始まる。元参謀の一人はこれを「やましき沈黙」と言った。責任は個人にあらず曖昧にする。組織を守るためにトカゲの尻尾を切る。この精神風土は現在の日本の組織、例えば政治家、官僚、大企業・・・にも今尚生きている。
「やましき沈黙」。これを打破し、先ずは自分の意見や思うところを堂々と言える自由と勇気を持って始めて民主主義が根付くのではなかろうか。その為の教育は実に不十分である。そう言う意味でも戦後総括はなされていない。
このところの終戦特集番組を見て思う事である。                       (Aug.15)


未分類 | 21:42:41 | Trackback(0) | Comments(2)
阿修羅の如く
阿修羅住む世に弥勒菩薩の慈悲ほしや

病んでいるのはクマゴローの体だけではない。
この国が病んでいる。国民が病んでいる、老いも若きも。指導者が病んでいる・・・。そして、地球が病んでいる。
痛い手足を引きずり母をホームから空き家になっている自宅に連れ帰った。ホームに居ようが自宅に居ようが母にとってはさほどの違いは無いかも知れない。でもやはり自分の家には何らかの感慨が湧いているようではある。明るいうちは食事その他の面倒は見られる。ただ、母が転ぶと「杖」も又一緒に転びそうな心配がある。さらに夜の世話だけは難しいので夕食後はホームに戻すことにした。
庭に生い茂った雑草を処分するにはクマゴローの体が言うことを聞かぬ。阿修羅

九州中国集中豪雨の真っ只中に九州から帰還した。前日には大宰府にある九州国立博物館で「阿修羅展」を見た。幸運にも当日は待ちゼロ、がら空きであった。何度も会場内を行き来し、手の届く範囲で心行くまで眺めまわした。今の世を心の疼きを持って眺めているかの如き厳しい表情に見えた。ただただ、美しかった。

帰京した直後、九州自動車道大宰府付近で土砂が崩れ車が埋まった。そして福岡が水に浸かった。
東京でも地盤が緩んだ霞ヶ関近辺が土砂崩れで埋まり、権力機構はかつて無く醜い姿を惜しげもなくさらけ出していた。体全体に毒素が回り勝手に発病し、頭だけが妄想する。複数の顔で沢山の手で悪の限りを尽くす阿修羅。まだ醜い足掻きを続けようとするか?
自民の選挙向け発言は「どうせ負けるなら」とヤケクソ気味で、首相が二人も政権を投げ出した4年間の総括も無く、とても責任政党とは思えない。民社のマニフェストに対し「財源の根拠が無い」の大合唱であるが、予算を見直し無駄を省けば財源は出てくると声を大に訴えているではないか。今まで思いっきり垂れ流し、ばら撒き、無駄使いを欲しい侭にし、利権を食い漁ってきて、足りない金は借金を財源にしてきた自民党。900兆もの借金地獄を作り出した自民党に「財源の根拠」を言う資格は無い。横浜市でさえ1兆円の節約が出来たと言う。国全体で何十兆の財源が出ないわけが無い。それだけでも十分である。
党首討論なんか止めとけ、ヤメトケ。どうせ「財源の根拠」「無責任」とヒステリックにわめくだけだ。見苦しい。そんな暇があったら国民と会話をするべきである。
もう、駄目だ!どうあがこうが観念の時は来た。上から目線で国民の痛みの分からない輩に政を司る資格は無い!もしも運があったら、何時の日か成仏した阿修羅になって生まれ変わるがよい。
(Jul.31)


未分類 | 00:39:39 | Trackback(0) | Comments(0)
患者目線
この痛み解からぬ医者に資格なし

痛い、兎に角痛い!両足、膝、両手首。
人の勧めもあって比較的近くの国立病院に転がり込む。整形外科では名高い病院と評判のあるところだ。
第一日目、初診診療医の診断。色々と病状を訴えるも「一週間後に○○先生の予約を取ってください」とだけ告げられ、レントゲン撮影で終了。冗談じゃない。こちらは痛みを早く何とかして欲しいのに・・・。仕方なく一週間後指定された窓口へ。某医師、レントゲン結果を見て「もし手術をしたければ立川××病院の足の専門医を紹介しますよ」だと。「いや先生、足だけではなく手も腫れがひどくて痛くて・・云々」と今までの経過や症状を必死に訴えるも無表情で進展なし。「血液採取をして一週間後に予約を」「先生、せめて痛み止めを下さい」「では一週間分」。会計のお嬢さんに近くの調剤薬局を聞いたところ「近くにはありません」。然るに病院の門を出たところに【左200m▲▲調剤薬局】の看板があるではないか!          哀れなクマゴロー、怒り心頭。もうやめた!
ある知人からの情報を元に遠くはなれた田舎町の公立病院を訪れる。若い医師であったが真剣に話を聞き質問に答えてくれ情報を伝えてくれた。膝に溜まった水を抜いてくれ楽になった。レントゲン解説では説明用の補助線を赤で引いたり、血液検査数値の意味を詳しく解説してくれたり・・・理屈にうるさい(?)クマゴローの満足度は上昇。やれ、地獄に仏とはこのことだわい。一週間後の検査結果で遂に病の何たるかを突き止めてくれた。長期にわたる気長な治療が必要な難病であった。聞いてみればこの分野の専門医とのこと。
幸運であった。ただ、遠隔地のため通院に難あり、都内の治療センターに紹介状を書いてもらう積りである。今は落ち着いた気持で治療に取り組んでいる。ここに至るまで掛かった医者4名、何と2ヶ月の回り道をした。初診料だけでもバカにならない金額だ。好きなテニスなんかは望むべくも無い。勿論スキーなぞもっての外。日によっては絵筆を取るのも難しい。パソコンのマウス操作もしんどい時がある。  後は「氣」で治すのみだ。
国立病院は国の機関。そこの勤務医は国家公務員であろう。然るにかくも上から目線で患者の痛みを感じない官僚医であった。国家とは国民を守る機関のはずである。医者にしてこの有様ではましてや今の政治家に於いておや!国民目線・患者目線で国民の痛みを感じ取り、安心させてくれる政治家や官僚を期待するのは納税者として当然の権利であると思うが、如何。 
アー太郎、もって肝に銘ずべし。
                       (Jul.30)


未分類 | 11:23:44 | Trackback(0) | Comments(2)
アー、太郎
アキバでは世は治まらぬアータロウ

麻生太郎、時の首相である。父は麻生太賀吉、祖父は吉田茂。茂の三女和子は太賀吉の妻である。マッチメーカーはかの快男児白州次郎。
吉田茂は誰もが知る戦後最強の首相である。麻生太賀吉は麻生財閥のトップであり、衆議院議員を3期務め義父吉田の政治資金の源であった。太賀吉の長男太郎は麻生セメントの社長を譲られたが、経営手腕は弟の泰が勝っていたらしく、政治家にでもなれと言われ政界出馬。世襲地盤が強いため当選は保証されていた。
福岡県出身のクマゴローとしては地元首相として不運な戦犯広田弘毅以来二人目の「逸材」を応援したいのはヤマヤマである。ただ、昨年の日記にも書いたように森喜朗、安倍普三、福田康夫に続く4人目の「ダメ首相」になることは容易に予想できた。そして、結果は不幸にも予想はピタリ。誠に残念至極で憂うべき事である。昔から初代の財産は三代目で潰すと言われている。長州の安倍普三もしかり。これ以上書くとタロウ君の人格に傷をつけることになるのでヤメにしよう。
ところで先日の国会での第二回党首討論なるものを垣間見た。大抵のところ噛み合わないか突っ込み不足と言った印象で、胃の中に不消化物ばかり残った感じである。討論後麻生自身がいみじくも「国会答弁のようだった」と言ったが的を得ている。代表質問と同じ構図、閣僚側に麻生、質問者側に鳩山と向かい合えばそうなるのは自明の理。およそ国会質疑と言うものは質問要旨を事前に渡し、政府側は官僚が作成した膨大な模範解答を準備する。立ったり座ったりしながら「質問します」「お答えします」の繰り返し。持ち時間が来て「有難うございました」。これでは何度やっても埒は明かない。
先ずは形から入ろう。二人で同列に並び、向かい合い、立ち姿で議員側に半分顔を向けて論点をディベートをする。この形が無ければ討論にならない。そして論点がぶれないように、自身の尊厳をかけて殴りあうが如く論じ合う。これで手に汗握る闘いとなるのである。この覚悟無くして党首討論などやっても時間の無駄と言うもの。
議員にはすべからく「ディベート教育」を施すべきであると思うのだが・・・。       (Jun.19)


未分類 | 07:24:33 | Trackback(0) | Comments(0)
痛い!
これはまあ何の痛さか耐え難し

今年に入ってからだ・・・という気がする。
テニスに励むと左足の母指の付け根の骨辺りが妙に痛くなった。1?3日経つとやや治まるのでテニスをやる。又痛くなる。特に痛いときには腫れもある。完全に痛みが取れてと思うが、好きなテニスが止められず、アイシングをしながらでも無理をして頑張る。その内小指の付け根あたりも痛くなった。更に右足の母指の付け根も・・・・。
以前から左足の母指の骨が外に張り出した外反母趾ではあった。これはハイヒールを履く女性に多いと聞いていたが、長年窮屈な革靴を履き続けてきたからかと思っていた。痛みも無い為大して気にも留めていなかった。ところが何と今年になって母指の骨が更に張り出し、指が内に曲がり始めたのだ。お前、未だ成長したいのか?そんな事を考えながら、まあテニスをやりながらでもその内痛みは取れるだろう、位に軽く考えていたのだが・・・一向に痛みが治まらない!いや、それよりも何と益々痛みは増すばかり。少し治まったかと思うと翌日またぶり返す。痛みと張れが右に行ったり左に来たりの繰り返し。痛さ加減も乱高下状態でひどい時には歩くのもママならない。たちの悪い外反母趾と内反小趾になったものだといささかげんなりする。時には膝までも痛くなる。五月の後半から遂に流石のクマゴローもその痛みに耐えかね、しばらくテニスはお休みの決意をするに至り整形外科へ。
2箇所の医者に診てもらったが、これが又一向に埒があかないヤブときたもんだ。患者が痛いと言っているのに原因や対策の話し合いもまともに出来ず、治療たるやせいぜいテーピングと靴の中敷改良程度でお粗末の一言である。今や本人が「こりゃあ、単なる外反母趾ではないぞ」と思っている。
今又別の病院に行き始めたところだ。痛みは一向に治まる様子は無い。ここで本当の原因を見つけられるかどうか・・・そろそろ勝負の時が来た。
テニスの出来ない時間は絵が描ける。良かった・・・絵をやっていて。でも特に痛いときには描いていても気分が散るものだ。やはりテニスが出来ないのは痛い。
健康第一。ガンバレ、クマゴロー!    (Jun.18)


未分類 | 00:14:04 | Trackback(0) | Comments(2)
やっと一息
サツキ晴れ連休飾る教室展

こともあろうに大型連休の真っ最中、4月30日から5月5日にかけての「平川水彩教室小品展」が始まった。
日本水彩画会(日水会)会員、理事平川進一画伯。話によれば14年に亘る水彩画指導生活中、当初さくら銀行に乞われて同行のロビーで一度だけグループ展を開いたことがあったと言う。それ以来教室のグループ展はやっていない。余程欲が無いかあるいは物臭かとも思える。一方個展は毎年精力的にやっておられ、その表現力に魅せられて弟子が増えてきたようなので、どうやら単なる物臭でもなさそうだ。上級の弟子達は日水会に自己の技量の発表と評価の場を求めて行く。それは自然の方向であって、それでよいのである。ただ、弟子達全員が日水会を目指しているわけではなく、黙々と自分の趣味範囲で描き続けているのが大半であって、大抵の彼らは公式(?)の発表場所を持っていない。
若い頃空手修行をやっていた経験で言えば、習い事と言うものは何か発表の場例えば昇段級審査、競技大会などのイベントを目指して精進する時に格段の進歩をするものだ。その経験で、2年ほど前に僭越にも「教室の展覧会をやれば、皆さん一層の努力し技量の上達が出来るのではないでしょうか?」と臆面もなく言ってのけたものだ。先生は苦笑いをしながら「そういった事は誰かが推進力にならないと出来ないものです」とおっしゃった。クマゴロー心の中では『ちょっと違うのでは・・・』と思ったが、自分の立場を考えると余りでしゃばるでないと自覚し、「そうですね」とそれ以来言葉を慎んできた。芸術家はこう言ったことの感覚がかなり異なるようだ。
ただ先生の心にはその時の事が消えずに残っていたと見え、昨年も終わりに近づいた頃「グループ展をやりますか」と持ちかけられた。「来たな」と思った。「何で俺なんだ」と思ったが、「やりたいですね」と自縄自縛の発言に及んだのである。時既に遅し。自ら推進力になることを表明したも同然であり、この場で逃げ道を失ってしまった。先生の心中は「是非やりたい」と言っているのが分かる。致し方なしと腹をくくった。
然るにやはりクマゴローが中心になる訳には行かない。年齢・キャリア・レベル的にかなりの若輩者である。「何であいつが・・・」と大勢の先輩諸氏が鼻白むのは目に見えており、纏まるものも纏まらない。やる方法はただ一つ。弟子の中で誰もが認める実力者を1、2名頭に担ぎ、自分は黒子で縁の下の力持ちを演ずるしか手は無い。
まあ、そんなこんなの経緯を経てやっと今回の「水彩教室小品展」の開催に漕ぎ着けたと言う訳だ。わざわざ『小品展』と命名したところが先生らしい。「小品」とは6号から20号としたが、何しろ疲れる世界ではある。
会場のコート・ギャラリー国立は多摩地区では最も格式の高い従って値段も高いギャラリーである。一人当り参加料13,000円にも拘わらず23名の『虚匠』が出品した。
開会前日の飾付に始めて全員の作品が並んだが、何れも力作揃いでかなりレベルが高い。皆さんの目が輝いている。「コート・ギャラリーに展示できる」と言う気負いすら感じられ、期待の大きさが窺える。全ての準備が終わった後の懇親パーティでは大いに歓談が弾んだ。そして式進行一切を取り仕切ったクマゴロー、やっと大役が終ったことを感じた。自作の前で (Apr.30)
(後日談)
初日以来入場者が連日100名を超える盛況で、世話人としては喜びこの上も無い。6日間のお客様総数約630名。
大成功と言ってよい。


未分類 | 22:46:59 | Trackback(0) | Comments(2)
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